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二度目に見る外の世界はやはりわからないことだらけだった。陽太郎が迷子になったり誘拐されていない限りはこの近くにいるのだろう。ヒュースは近所の空き地をしらみ潰しに探した。生憎この辺りには空き地が多く、ヒュースは上手く陽太郎を見つけられない。もう何個目になるか数えるのもやめてしまった時、青々とした空き地の奥に佇む赤いジャケットと茶色い動物を見つけた。間違いない。あれが陽太郎と雷神丸だ。

ヒュースは真剣な表情をして陽太郎に近付く。子育てのやり方などわからないが、こういう時は怒った方がいいのだろう。少なくともヒュースは主君に叱られたことがある。

「おい、陽太郎。何をしている」

厳しい声で語りかけると、今にも泣き出しそうな顔の陽太郎がこちらを振り向いた。

「助けてくれヒュース。雷神丸が、動けないんだ」
「……何?」

近付いて見てみると確かに雷神丸は怪我をしていた。何でも、空き地の入り口の針金に引っ掛けたのだという。これでヒュースは合点がいった。陽太郎は迷子でも誘拐されたのでもなく、雷神丸が動けなくなったことで帰れなくなってしまったのだ。まさか陽太郎が雷神丸を運んで帰るなどということは出来ないだろう。
ヒュースはため息を吐くと立ち上がった。

「帰るぞ」
「でもヒュース、雷神丸が……!」

ヒュースは雷神丸を抱き上げ、自分の肩の上に顔が出るように抱いてやる。

「雷神丸は後でレイジにでも病院に連れて行ってもらえ」
「ヒュース……!」

陽太郎は感動したように体を震わせるとヒュースの後をついて歩いた。帰路を辿る最中懐かれたのか余計馴れ馴れしくなった気がするがまあいいだろう。問題はここからだ。誰にも会わずに玉狛支部へ帰れたら一番なのだが、夕方という時間帯はそうもいかない。そう思っていた矢先にヒュースは後ろから声を掛けられた。

「ヒュース……? 何でここにいるの?」

振り返ると、学生鞄を持った名前がそこにいた。呆然とした様子の名前に、「違うんだ! ヒュースはおれを助けようとして!」と陽太郎が何やら喚いている。その説明と雷神丸を抱えている状況で察したのか、名前は安心したように息を吐いた。

「よかった……って雷神丸が怪我してるしよくもないけど、最悪の事態にならなくてよかったよ」

名前の言う最悪の事態とは、陽太郎が事故に遭ったり誘拐されてしまうことか、ヒュースが脱走してしまうことか、その両方か。とりあえず一番先に見つかったのが名前だということはヒュースにとってよかったかもしれない。これで迅などに見つかろうものなら何とからかわれるかわからない。名前は学生鞄を肩にかけ直すとヒュースの横に並んだ。

「もう暗いし危ないからね。玉狛支部まで送って行くよ」

薄暗かった空はすっかり暗くなり、もう夜とも言っていい時間帯だ。だがヒュースには聞き捨てならない言葉がある。

「……おい、その送って行くとやらにはオレも含まれているのか」

すると名前はきょとんとした顔でこちらを見た。

「そうだよ?」

まるで当たり前と言わんばかりの態度である。確かにヒュースはこの辺りの地理に詳しくないし、本来支部から一歩も出てはいけない捕虜だ。だが送って行くとは男が女に言う言葉ではないだろうか。ヒュースは今名前の守るべき対象にいる。そのことが不服となってヒュースの心に渦巻いていた。

本来ならば、ヒュースが名前を守るべきなのに――。とは、主君と名前を混同しすぎてしまっているだろうか。そう思えるくらいには、最近は名前と主君を混同しなくなってきたと今になって気付いた。