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今までまるで玉狛支部の一員であるかのようにのびのびと暮らしていたヒュースだったが、そう悠長にもしていられなくなった。情報提供のため本部へ来るようにと指示があったのだ。考えれば捕虜なのだから当たり前だ。どこか忘れていたその事実を突然突きつけられたように名前は驚愕していた。

ヒュースからすれば、捕虜にここまで入れ込む名前の方が異常だ。自分も名前に入れ込んでいる自覚はあるが、それは名前が主君と瓜二つだからという理由がある。ただの捕虜に入れ込む名前は、これから先に別の捕虜が来たとしても同じようにするのだろうか。そう思うと胸に不快感が湧いた。それは恐らく名前の身を案じてのことだろう。全員がヒュースのように危害を与える気の無い捕虜とは限らない。場合によっては騙し討ちされる可能性もあるのだ。ヒュースはこれまで世話になった身として名前の身を案じている。自分としては不快感の理由をそう思う。

玉狛支部を出て行く寸前、もう名前しかいなくなった部屋の中で名前の頭に手を置いた。「心配するな」とでも言うように。本当は言いたかったが言えないのは、ヒュースが捕虜であるからだ。尋問、拷問がないとも言い切れない。だから名前にはこれしかできない。

車に乗り込んでから、ヒュースは先程名前の頭に乗せた手をじっと眺めていた。


だがそれも杞憂に終わり、ヒュースにされたのは尋問というよりも質問だった。勿論ヒュースの答えは「答えない」のみだ。これには玉狛支部の顔も立たないかもしれないが、そんなことヒュースが気にすることではないだろう。ヒュースが一番に優先するもの、それは主君だ。脳裏に思い浮かべた主君の横にちらりと名前の顔も浮かぶ。二人の顔はやはり瓜二つなのだが、前までは重なっていた二人の顔が今では隣に並んで浮かぶのが不思議だった。


玉狛に戻ると遊真にすっかり本部でのことを言いふらされていた。おかげで小南などからは余計にどやされたりしたというものだ。

「大体アンタ態度がでかいのよ! 捕虜の自覚あんの!?」
「まあまあ……」

隣で曖昧に笑っている名前は何を考えているのだろうか。そっと横目で窺うと、同じく横目でこちらを見た名前と目が合う。だがお互い何を言うでもなく自然と目線をそらした。話は夕飯の後、そっとヒュースの隣に座った名前から始まった。

「ヒュース、本当に教えてくれないの?」

その目に覗き込まれることにヒュースは弱い。名前のお願いには殊更弱い。しかしだからこそヒュースは言うことができない。

「すまないな、お前でも言うことはできない」

主君に瓜二つの名前だからこそヒュースは本当のことを言えない。ここでヒュースが詳しくアフトクラトルについて話し、名前と主君がそっくりだなどと話したらどうなるだろう。これはヒュースだけの秘密に留めておかなければならない。幸い捕虜は自分一人だ。自分が言わなければ伝わることはないだろう。

「そっかぁ……」

名前とヒュースの仲なら言ってもらえると信じていたのかもしれない。残念そうに呟く名前の横で、本当は「お前でも」ではなく「お前だからこそ」だと正す勇気はなかった。