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その後ろ姿を目を細めて眺める者がいた。玉狛では騙されやすい女として通っている戦闘員、小南だ。

「なーんかあんた達仲良いわよね。いっつも二人で話してるし……何かあるわけ?」

その声に二人が同時に振り向いた。気付けばソファのすぐ後ろに小南が立っており、その横には陽太郎もいる。雷神丸が怪我をしているので今日は陽太郎一人だ。

「別に何もないよ」

そう言った名前に同調するように、陽太郎は得意げに言った。

「名前はおれのおよめさん候補だからな」
「それは違う」

しまった、と思った時にはもう遅い。ヒュースの意思に関わらず言葉は口を突いて出たのだ。子供の戯言にも関わらず即座に否定したヒュースに小南はさらに疑いの目を向けた。

「やっぱりあんた怪しいわ。何ムキになってんのよ」
「それでも断じて認められない」

そう、名前でも主君でも、だ。気付けば名前が主君と同じくらいの存在になっていることに自分でも驚いた。ヒュースが今こうしてムキになっているのは名前と主君を少なからず重ね合わせて忠実な部下として認められないと思ったからだ。だがそれだけではないことをヒュースは頭の隅で認めていた。「あんた達やっぱり何かあるわね!?」と小南が叫んでいるのが聞こえる。隣で名前が必死にそれを否定している。この光景がガラス一枚を隔てた向こうの世界のように遠く感じていた。つまり自分は今混乱しているのだ、と思う。
ヒュースはおもむろに立ち上がると「寝る」と部屋のドアを開けた。

「あっ! ちょっと待ちなさい!」

小南の声が聞こえるが無視だ。追求される原因を自分で作っておきながら逃げるのは名前に申し訳ないような気がするが、名前なら上手くやることだろう。ヒュースは地下室へ戻ると、また電気も点けずにベッドに座り込んだ。



あれからすぐに寝たからだろうか。ヒュースはいつもより早く目覚め、時間を持て余していた。このまま地下室に一人でいるのもいいのだが、なんとなく一階への階段を上がってみる。すると美味しそうな匂いが鼻をついて、もう誰かが朝食を作っていることがわかった。

「あ、ヒュース起きたんだ。おはよう」

朝の光の中で振り向いた名前の顔が大層美しくて、一瞬ヒュースは時が止まったかのように思った。今ここにはヒュースと名前の二人しかいなくて、名前の顔は窓から差し込む光に照らされて、朝という時間はヒュースを狂わせるようだった。
ヒュースは手を伸ばし片手で名前の頬を包んだ。さらりとした肌がヒュースの手に触れる。

「お前、どこかでオレと会ったことはないか?」

気付けばそんなことを口走っていた。目の前の名前は困惑した様子だ。わかっている。名前と会ったことなどないと。

「近界に親戚はいないか?」

ヒュースが一方的に思い浮かべているのは主君であり、名前に近界民の親戚などいるはずがない。なのにヒュースの口は止まらない。

「――様ではないのか?」

出会ってから今まで、言うまいとしていた一言を遂に言ってしまった。気付いた時にはもう遅く、名前は呆気に取られたように目を見開いていた。

「すまない、忘れてくれ」

ヒュースはそう言って名前に背中を向ける。今は名前の顔を直視できなかった。このまま地下室へ戻り、玉狛の皆が揃うまでリビングには出ないことにしよう。

本当ならば名前と二人で朝食を食べる未来もあったはずなのに、と考えて、まるで迅のようだと自嘲した。