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迅さんの予知の助けもあり、大規模侵攻を仕掛けてきた近界民は追い返せた。無事ボーダーの勝利で終わったわけである。それは嬉しいものの、ただ玉狛の玄関で気を失っていただけの私には複雑な気分だ。

あの後目覚めたら私は玉狛の自室のベッドにいた。恐らくヒュースが運んでくれたのだろう。あまりにもいつもと変わらない風景に一瞬当時の状況を忘れたほどだ。だがすぐにボーダーの置かれた状況を思い出し、私は慌てて栞のフォローに入った。その時には既に優勢だったのもあり、私はあまり苦労することもなく大規模侵攻を終えてしまった。

後から聞いた話だが、ヒュースはガロプラの思惑を知り陽太郎と組んでガロプラの近界民を一人倒したらしい。ガロプラが騙そうとしていたとはいえ、ヒュースが陽太郎を庇いボーダー側に着いたことに私は安堵していた。例えその場限りの判断であったても、ヒュースが私達と敵対しないことは嬉しい。それが単なる仲間意識なのかは今となってはわからない。

そもそも捕虜の近界民に仲間意識を抱くのもおかしいのかもしれないが、それでも他の可能性も感じてしまうのはあの日あんなことがあったからだ。気絶させられたとはいえ、私はその前のことをはっきりと覚えている。ヒュースは私を抱きしめて「何があっても守ってやる」と言った。女の子ならば誰もが憧れるような台詞に素直にときめけないのは、ヒュースと私の立場が捕虜とボーダーだからだろう。

それでも私は、あの日のヒュースの言葉に激しく動揺している。ヒュースはただの捕虜ではなく十六歳の男の子だなんてわかっていたはずなのに。今その面をまじまじと見せつけられて困惑しているのだ。誰だって同じ顔をした人間に別の中身があったら戸惑うに違いない。そう結論付けて、私は玉狛支部の扉を開けた。

「あら名前、遅かったわね」
「あはは、ちょっと用があって……」

こんな明らかな嘘も素直に信じてしまうらしい。「ふーん、おやつあるわよ」とどらやきを勧めた小南に私は今ここにいるのが小南でよかった、と思った。どらやきを食べながら小南はその小さな口を動かす。食べかすが一切こぼれないところに小南の育ちの良さを感じる。

「今日迅は本部でとりまるはバイト、レイジさんは防衛任務。修達は訓練よ」
「そっか。ヒュースは?」

動揺を悟られないように、あくまで普通に、と考えすぎたせいで普通とは何なのかわからなくなった。結果発した声は震えていなかっただろうか。だが小南は気にした様子もなく続けた。

「今地下室にいるわ。陽太郎もそこ」
「へえ……」

あの時以来ヒュースとはまともに話をしていない。今ヒュースと会うのは気まずいからそれでいいのだが、どこか寂しいような気もする。とりあえず今日顔を合わせなくていいことに私は安堵していた。

「何よわざわざ。そんなにあの捕虜が出て行かないか心配なの?」

気を抜いていれば、思ってもみないところから攻撃される。こちらを振り向いた小南に私は思わずどらやきを食べる手を止めた。しかし質問は私が恐れている核をついたものではない。

「別に心配はしてないよ。今までだって逃げ出さなかったんだし」
「ふーん。ま、今回で前科一つだけどね」

それで小南は納得した様子でまたどらやきを齧った。相手が小南でよかった、と私は心から思う。もしも「そんなにヒュースが気になるの?」と聞かれたら、私は一体どう答えればよかったのだろう。