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音を立てて扉を閉めると、ヒュースは真っ暗な地下室に立ち尽くした。最近この暗闇で考えるのは専ら名前のことばかりだ。何故自分はキスをしてしまったのか、自分の気持ちはどうなのか。
前者については「したくなったから」としか言う他ない。その場の衝動に任せ唇を重ねてしまったのだ。だが何故したくなったのか、その答えが後者の疑問に繋がってくる。ヒュースは名前をどう思っているのだろう。
始まりは主君に似ている女だった。だから自分の中で特別な位置にいた。それは主君が特別だったからで、直接名前に何か思いを抱いていたわけではない。しかし今はどうだろう。自分はもう主君と名前を重ねてなどいないと、ヒュースはとっくに自覚していた。
そして何よりも、主君に対して恋愛感情を抱くわけがないとヒュースはわかりきっていた。もうそんなことを考え始めた時点で答えは知れている。ヒュースが名前に抱いているのは恋愛感情だ。
自分で導き出した答えにヒュースは頭を抱えたくなった。ちょうどその時、控えめにドアをノックする音がした。
「あのね、ヒュース洗濯物を忘れて行ったみたいだから持ってきたんだけど……」
もはや話の内容などどうでもいい。それが名前だとわかるやいなや、ヒュースは名前を抱き寄せた。
「ちょ、ヒュース!?」
腕の中で混乱する名前の動きを殺すように閉じ込める。こんなことをしてこれからどうするのだとか、誰かに見られていないかなどはどうでもよかった。ただ今この瞬間、名前を自分の腕に抱きたいと思った。
「オレはアフトクラトルへ帰ったら罰を受けなければいけない」
ヒュースは名前の頭の横で語り出した。気付けば名前は身動きを止め、じっとヒュースの話に聴き入っていた。
「忠誠を誓っておきながら、玄界に好きな女を作ってしまった」
アフトクラトルへ帰った後のことも、今この状況をどうするかも、先のことなど何も考えていない。ヒュースが名前をそっと離そうとした時、ヒュースのパーカーの背中が強く掴まれた。
「帰るなんて言わないで」
それが玉狛支部の一員としてではなく、一人の女として言っていることは明らかだった。ヒュースと名前はしばらく見つめ合うとどちらからともなく体を離した。そのまま部屋を出て行く名前の背中を、ヒュースはただ見ていた。