▼ 4 ▼

玉狛のみんなで夕食を取り終えると、私は一人地下室へと向かった。緊張に高鳴る鼓動を抑えながら一つ一つ地下への階段を降り、現れたドアを二回ノックする。

「ヒュース君、私。入ってもいいかな?」

返事はない。寝てしまったのか、それとも入るなと言われているのか。私が引き返そうとした時、しばらくの間を置いて「……ああ」と返事がした。

「失礼します……」

そっとドアを開けると中は真っ暗闇である。アフトクラトルには電気もないのだろうか。電気を点けようとすると、「点けるな!」と鋭い声がした。

「え? ああ、ごめんね」
「いや、こちらこそ…….すまない」

咄嗟に謝るとヒュース君も引き下がり、二人の間に気まずい空気が生まれる。傍若無人な捕虜だと聞いていたが、意外とそうではないのかもしれない。初めて会った日の印象では私達に謝ることなどしそうもなかったが、これは心を開いてくれているということでいいのだろうか。来て二日で心を開くも何もないかもしれないけれど。

それよりも、私が気になるのはヒュース君がきちんとご飯を食べてくれたかどうかである。私がお盆を置いた方へ目を凝らすと、察したようにヒュース君は暗闇に光る銀色の盆を差し出した。

「お前の出した飯なら全て食べた。これを持って早く戻れ。他の者に何と言われても知らんぞ」
「ああ、うん……」

言葉は冷たいが食べてくれたことに変わりはない。ヒュース君の言葉に押されるようにして地下室を出ながらも私は心躍るのを感じた。あれだけ嫌がっていた彼が、ご飯を食べてくれたのだ。

その喜びを胸に抱え、地上への階段を登る。暗闇に慣れてしまった目に電球の光が眩しかった。見ればヒュース君は牛丼を米粒一つ残さず完食してくれている。そんな所はまるで日本人のようだと笑いながら、私はみんなの待つリビングへ戻った。

「ただいま〜」
「おっ名前、どうだった?」

途端に振り向く迅さん達へ、私は空の器を見せる。

「完食です!」
「おーっ!」

途端に湧く歓声を心地よく思いながらも私は洗い物を始めた。ヒュース君は本当に綺麗に食べてくれたようで、洗い物がしやすいことこの上ない。

「なんだかんだ言ってお腹空いてたんでしょあの捕虜。まったく変な意地張っちゃって」
「まあ結果食べてくれたからよかったよ」

迅さんはそう言いながら米粒一つないヒュース君の丼を見る。その目が意味深に細められていたことに私は気付かなかった。



階段を降りる軽快な足音がしてヒュースは身構えた。この足音は名前ではない。いや、名前だとしても別の意味で身構える必要はあるのだが、相手が直接刃を交えたこの男となれば話は別だ。

「よっ、ヒュース」
「……何の用だ」

部屋の電気を点けた迅にヒュースは低い声で言った。それに構わず迅は辺りを見回し、自分が用意したトーストの皿を見つける。それは飲み物やサラダ含め、一口も口が付けられていなかった。そこで思い出されるのは、米粒一つなかった牛丼の丼だ。これらが意味するのは一体どういうことか。
今はまだ判断材料に欠けるとして、迅はその皿を手に取ると地下室を後にした。

「おやすみ。闇討ちしたりしないから安心して眠れよ」

そう言った直後に、自分がそう言うことは逆効果だったかもしれないな、と思った。