▼ 6 ▼

それから名前が持って行くとヒュースは残さないということを学習したのか、ヒュースの飯係はすっかり名前になった。来て二日目に「風呂も名前に入れてもらうか?」と笑いながら耳打ちしてきたあたり、あの迅という男にはヒュースの思いがバレているのだろう。まさか自分に主君がいて名前が彼女に瓜二つだとは思うまいが、ヒュースが名前に弱いことは知られている。これはなかなかに困ったものだ。せめて余計な色恋沙汰などと結び付けられていなければいいが――。そう考えてヒュースは思わず眉間に皺を寄せた。

ヒュースが名前に恋をするなどありえない。顔こそ主君と似ているものの、それ以外の部分は冴えないただの娘だ。そもそもヒュースはアフトクラトルに忠誠を誓った身であり、敵地で恋愛など馬鹿げている。ここの戦闘員もそう思ってくれればいいのだが、女というのはどこの国でも恋愛話が好きなものだ。今のヒュースの態度を名前に恋していると思われる可能性は高い。ここの女共は鈍いようで、何か勘付いているのが迅だけなのが幸いだろうか。もっとも、先の戦いで自分を制圧したあの男に内心を知られているというのも十分癪なのだけれど。

そんなことを考えていれば、慎重に地下室の階段を降りる音が聞こえてきた。これは名前が重い盆を持ってこの部屋へ来る音だ。ヒュースは思わず部屋の扉を開け名前を迎えに行って盆を持ってやりたくなるが、それは我慢だ。そんなことをしたら自分が主君と名前を混同していると証明してしまうことになる。

ヒュースはいつも通り電気を消してベッドに座って待つ。いつのまにか付いた暗闇が好きだという設定を今日も守る。主君と見間違えてしまうから名前の顔を見ないようにすること自体が不誠実だろうか。でもそうしなければいけない程には、あの女、名前は主君に酷似していた。

「ヒュース君、お昼ご飯だよ〜」
「ああ」

名前は暗闇の中でも慣れた足取りで盆をテーブルに置く。何の縁だろうか、悲しくもその声までもが主君と聞き間違える程だった。

普段はここですぐに名前が出て行き扉が閉まった後食べ始めるのだが、何故だか名前は出て行かない。不思議に思ってそちらを見やると、扉に手をかけたまま笑いかける名前と目が合った。その顔は廊下から差し込む光に照らされハッキリと見えている。主君と似ている、いや同じとすら言っていいその顔が。

ヒュースはたまらずに自分の膝を見た。膝の上で、自分が両の拳を握りしめているのが見えた。そんな時に不意に名前は言った。

「悲しいけどこうやって持ってくるのも今日で終わりかな」
「どういう意味だ?」

ヒュースは緊張しながら答える。飯係が代わるという意味だろうか。それならばヒュースは毎回気苦労をしなくて済むし、何も悲しくなどない。それならばこの胸の焦りは何なのだろう。
ヒュースのそんな気持ちも知らず、名前は呑気に言った。

「今日の夜はみんなと上で食べられるんじゃないかな。一度食べちゃったらそれからはもうわざわざ隔離して食べることもないでしょ」
「おい、それはどういう――」
「じゃあ最後の暗闇ご飯ゆっくり味わってね!」

言いたいことだけ言って名前は出て行ってしまった。結局ヒュースに残されたのは謎だけだ。今夜、何があるというのか。数分黙り込んだ後に考えても仕方がないと見切りをつけて、勝手に好きだと思われている暗闇でご飯を食べることにした。