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その日の晩、呼び出しに来た陽太郎にヒュースはこれか、と思った。久々に入る広い部屋には多少違和感がするくらいだ。リビングのソファに腰掛けるよう勧められ、ヒュースは露骨に顔をしかめる。そこにいたのは何を考えているのかわからない迅とやたらとヒュースに突っかかってくる小南だったのだ。これならまだ名前のほうがよかったとも思うし、明るい場所で名前と出会わないことに安心してもいる。いずれにせよあの地下室で一人でいることに越したことはない。

「オレをわざわざ呼び出して、一体何の用だ、迅」
「まあそういうこと言うなって。ここで見てろよ」

そう言われた通りにテレビの画面を見ると、どこに繋がっているのか荒れた気候の町が映る。そこにはこの支部と思われるメンバーが三人佇んでいた。

「お、来た来た」

その言葉と同時にテレビの中で何かが始まる――と思いきや、動いたのは現実世界の方だった。

「ごめん遅くなって。まだ始まってないよね?」
「ギリギリよ」

玉狛支部のドアを開け、リビングに駆け込んできたのは名前だったのだ。ヒュースは突然の事に非現実感すら抱き始めていた。名前と小南のやり取りすら遥か遠くの出来事に聞こえる。名前の顔から、目が離れない。

『それではここで――試合スタート!』

その声と共に我に返った。何もわざわざ迅達に付き合う必要はない。あの狭い部屋で一人、暗闇が好きな近界人を演じていればいいのだ。

「くだらん。帰る」

そう言って立ち上がると、予想通りの反応が返ってきた。

「はあ!? 今始まったところなのに何なのよアンタそれ!」
「折角だから見てけよ。修とチカちゃんとユーマと宇佐美の試合だぞ?」

小南の荒い言葉も迅の全てを見透かしたような瞳も何も怖くはない。どうせここの者にヒュースを縛り付けたり拷問しようとする気はないのだ。ヒュースが立ち上がって地下室へ戻ろうとした時、ちょうど用意のできたらしい名前がヒュースの向かいに座った。

「修君達の試合なんだし一緒に見ようよ。ヒュース君だって戦闘の経験や知識はあるでしょ? 見ててつまらなくはないと思うし、ヒュース君の感想も聞きたいな」

名前の視線が直に刺さる。つまり名前とヒュースは今、明るい部屋の中何も遮るものがなく見つめ合っている。やはりその顔は主君にそっくりで、ヒュースは名前から視線を逸らせないまま頬を汗が伝うのを感じた。今まで暗闇で見ないようにしていた分、初めて会った日以来の衝撃がヒュースを襲う。

「何よアンタ、やっぱり見るわけ」

名前の言葉に逆らえるわけもなく再び腰を下ろしたヒュースに小南が横で口を尖らせた。大方今の自分は「ヒュース君の感想も聞きたいな」と言われて気を良くした間抜けな男だろう。だがそれでいい。主君と瓜二つのこの女の言うことには背けないのだから。

ヒュースはテレビに視線を戻し集中することに努めた。でないと名前のことばかりを考え、頭が混乱するからだ。不意に目の前など見ようものなら名前がいる。修達の試合を見つめるヒュースを、迅が目を細めて見ていた。