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しかしそれと仮入隊とは別である。いくら私の藍染隊長への片思いが上手く行かずとも、自分のキャリアはしっかり積まなくてはならない。
私はあれからも日々研修と鍛錬を重ねていた。藍染隊長を見るたび歓喜の声が、市丸ギンを見るたび低い声が出そうになるが公私混同をしてはいけない。仮入隊も半ば、私は五番隊で有意義に過ごせていると思う。
だけれども、それはあくまで霊術院生としての話だ。ただの女の子の苗字名前は、藍染隊長とお近づきになりたいと欲が出る。この機会を逃したら次はいつ会えるかわからない。将来五番隊に入れればいいが、それが叶わなければこの仮入隊が藍染隊長と見える最後の機会になることだってあるのだ。
私は考えた。藍染隊長に告白する気はまだない。聡い藍染隊長は恐らく私の想いに気が付いているだろうが、気付かないフリをしてくれているのだ。仮入隊をしている以上今のままが一番だと思うし、現実告白する勇気もない。だけれど最低限自分のアピールはしておきたい。苗字名前という女がいたと、藍染隊長の頭のどこかに残しておいてもらいたい。
そして思いついたのが弁当を作ることだった。この仮入隊期間で気が付いたのだが、藍染隊長は毎日食堂で昼食を購入している。隊長ともなれば多忙だろうし、独り身だという噂なので何ら不自然ではないだろう。そこに手作りの弁当を持っていけば、藍染隊長は昼食代を浮かせられる上に私のことも覚えてくれるのではないか。ついでにこの間のギン呼びの誤解も払拭できるのではないか。
その次の日の晩に私は行動した。いくら藍染隊長のためとはいえ鍛錬の時間を削って弁当を作るような真似はしない。公私混同はしないと決めたからだ。出来るだけ栄養バランスに気を付け、彩りも考えて私は弁当を完成させた。本当はデコ弁とやらにも挑戦してみたかったのだが、そういうのは藍染隊長の好みではないだろう。ささやかな気持ちとして人参を一つだけハート型に切り、私は弁当に蓋をした。あとは明日、藍染隊長に渡すだけだ。私は弁当箱を大事に包んで眠りに就いた。
翌日、気持ちが浮つこうとも仮入隊には本気で取り組まねばならない。ようやく慣れてきた五番隊での隊務に、容赦のない鍛錬。ようやく午前が終わる頃には私はすっかり気力も体力も使い果たしていた。だが私は、この後に大仕事が待っている。藍染隊長とお昼ご飯を食べるのだ。
弁当二個を包んだ大きな包みを取り出すと、私は食堂へ向かった。いつも通りならば藍染隊長はここで昼食を購入するはずだ。
辺りを見回していると、今日も美しい佇まいの藍染隊長が目に入った。そこを目指して駆け寄ると、隣に五番隊では見かけない人が現れた。思わず立ち止まる私に、藍染隊長は優しく微笑む。
「僕に何か用かい? すまないけど、これから朽木隊長と食事をしながら話すところでね。申し訳ないけど後にしてくれるかな」
デジャヴだ。脳裏を駆け巡るのは初めて藍染隊長と話そうとして市丸ギンに連れられてきた時の私だった。あの時も藍染隊長は多忙で、私は話すことを用意していなかったから何か言うことすらできなかった。
でも今は、一緒にご飯を食べたいという明確な目的があって、そのために弁当まで作って、勇気を出してここに来た。考えてみたらアポくらい事前に取っておくべきなのかもしれないけれど、そこまでする行動力は私になかった。つまり私の詰めが甘かったのだ。立ち尽くす私の前に、ふと小さな影が現れた。
「ほんまに名前ちゃんは藍染隊長大好きやからなぁ。けど藍染隊長見るたび話しに行くんはどうかした方がいいと思うわ」
「市丸、副隊長……」
腕を頭の後ろで組み、あっけらかんとした口調で彼は続けた。
「でも今日は折角ご飯作ってきてくれたんやから、ボクと食べよ」
私は思わず市丸ギンを見た。その表情には驚きと怒りが滲んでいたことだろう。まず弁当を作ってきていたことをバラされたことへの焦り、それから藍染隊長と食べるはずが市丸ギンと食べることになった戸惑い。市丸ギンはそんなこと何も気にしていない様子で食堂の席を見つけに歩き出した。私も「失礼します」と藍染隊長に声をかけると、そろそろとその後ろに続く。まばらな人の中を歩きながら、弁当二つ分を手に藍染隊長の前で立ち尽くす私に市丸ギンは全てを悟ってくれたんじゃないかとぼんやり思った。