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仮入隊が始まって一週間が過ぎた。厳しい鍛錬には未だ慣れないが、全力で五番隊の正隊員達の背中を追いかけている。彼らからどう思われているのかはわからないが、自分では霊術院生の中ではなかなか筋のある方ではないかと思う。少なくとも鬼のような鍛錬に弱音を吐かずについて行っているのは事実だ。

新しい環境への緊張も解れてきた頃、私の中にとある下心が芽生えた。そろそろ藍染隊長とお話がしてみたいと。勿論藍染隊長は多忙だし、五番隊の隊士ですら話しかけるのを躊躇われるような人だ。だがやる気のある新人として、少し剣のコツを教えてもらいに行くくらいいいのではないか――この間用件がないことを理由に話を断られた私は、そう思っていた。別に剣のコツは教えてくれなくてもいい。私にとって重要なのは、藍染隊長とお話できるかどうかだ。

機会を窺いながら五番隊での日々を過ごしていると、仮入隊生の自主練用に開けられている稽古場に藍染隊長が顔を出した。

「上手くやっているかな」

途端にその場の空気が引き締まるのがわかる。皆刀を振るのをやめ、藍染隊長がいる方を向いていた。藍染隊長はいつからそこで見ていたのか、稽古場に入って皆の間を練り歩いては声を掛けて行く。それはありきたりな文句ではあったが、藍染隊長から発せられたというだけで特別な言葉に感じられた。

「頑張ってるね」

藍染隊長にそう声を掛けられると、心臓がきゅうと音を立てるような感覚がする。

「は、はいっ!」

私がそう返事をしたのは藍染隊長がとうに私の元を過ぎ去った時で、何メートルか先で藍染隊長がクスリと笑うのが見えた。そんな姿すら美しい人だ。ここに市丸ギンがいたら、きっと私を馬鹿にするように笑うのだろう。

私はかぶりを振って意識から市丸ギンを追い出すと、藍染隊長を追った。藍染隊長はまた元の出入り口へ戻っている。つまり、もうここを去ってしまう。多忙な藍染隊長と折角話せそうなチャンスだったのに、私はそれを無駄にしてしまうのだろうか。いや、否だ。私は駆け足になると藍染隊長を追いかけた。

「藍染隊長!」

稽古場から既に出ていた藍染隊長は、芝生の上でこちらを振り向いた。私を認めると目を僅かに見開き、「君は、」と口走る。どうやら私は霊術院生の中でもより濃く認識されているらしい。

「今日はどうしたんだい?」

そう笑う藍染隊長はどこか愉しげでもあった。きっと私が必死に話題を用意してきたことも、それは建前で本当は藍染隊長と話したいだけなことも全てお見通しなのだろう。

「藍染隊長がよろしければ、剣をご教授いただければ、と……」

私は地面を見て、体を所々くねらせながら言った。意識したわけではないが、今の私は人生で一番女らしいのではないか。きっと市丸ギンなら笑うのだろうけれど。
私の頭に浮かんだと同時に、鮮明な声がその場に響いた。

「今日はあかんよ。藍染隊長この後予定詰まってるから」
「ギン……!?」

思わず顔を上げると同時に私は声を発していた。本当は「市丸ギン」と言いそうになったのだが、なんとか本人公認の「ギン」呼びにできたのは上々だろう。いつの間に現れたのか、市丸ギンは頭の後ろで手を組んで藍染隊長の隣にいる。

「名前ちゃん言うたやろ。ギン呼びは二人っきりの時やないとあかんて」

その言葉で私は思い出した。今ここにいるのは、藍染隊長だということを。咄嗟に藍染隊長の方を見ると、彼は笑ってこちらに背を向けた。

「随分ギンと親しいみたいだね。行こうか、ギン」
「はーい」

そのまま去って行く背中に私は途切れ途切れに「違うんです」とか「誤解です」と言っていた。最悪だ。上官の下の名前を呼び捨てにした上、市丸ギンの「二人きり」発言。私と市丸ギンはそういう仲だと誤解されているに違いない。よりにもよって藍染隊長に、よりにもよって市丸ギンと恋仲だと勘違いされるなんて、これ以上悪いことがあるだろうか。