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私が丘の頂上へと近付くにつれて、次第に木陰に腰を下ろすギンの姿も大きくなる。その大きさに違和感を抱くのはきっとギンがこの半年間で成長したのだろう。私はとっくに成長が止まってしまったというのに、ギンはどこまで伸びるのだろうか。

「あ、名前ちゃん来た。遅かったな」

とっくに私の霊圧は察知していたのだろう。ギンはあと数歩というところまで近付くと顔だけで振り向いた。半年ぶりに見るその顔に何故か安心してしまったのは秘密だ。

「遅かったなって、そっちが五番隊のどこかも指定してくれなかったんでしょ」
「でもここやってわかってくれた」

得意げにそう言われると言葉に詰まる。まるでギンと私だけの決まり事が出来たみたいで、心にどこかむず痒さを感じた。それを振り払うかのように私は次の話題を探す。探さずとも心に思っていることがある。

「ここに指定したら藍染隊長に会えないじゃん!?」

そう、私がギンに「いつか弁当箱を返して」と言った目的は藍染隊長に会うためだったのである。五番隊のギンが私を呼び出せば必然的に私は藍染隊長と見えることになるだろう。取り次ぎ役などは畏れ多くても、せめて仕事をしている姿を一目見るくらいはできたかもしれない。しかし、この五番隊の中でもギンと私しか知らないであろう丘に来させられては計画が丸潰れだ。

「せやったっけ? ま、ええやん」

ギンにとってはどうでもいい問題なのだろうが私にとっては死活問題だ。仮入隊を終え、私が藍染隊長と顔を合わせる機会はもう五番隊に入るしかないのだから。

「ああ〜五番隊になれますように」

手を合わせて祈る私をギンが笑って見ていた。

「そんな私情ありまくりやと落とされるで」

そう言うギンは五番隊副隊長であり、ある程度人事に関わっているとも言える。ここで頼まれたからと配置に影響させるようではそれこそ公私混同だが、お願いしておいて損はないはずだ。

「お願いギン! 私を五番隊、藍染隊長のいる隊に!」
「え〜どうしよっかな〜」
「一生のお願いっ!」

いつも通り私をからかっているのだろうがそれにも縋り付くほど私は必死だ。今度はギンに手を合わせ始めた私にギンはふと真剣な表情を見せた。

「まあ多少は新隊士を選べる言うてもな、ボク自身が選ばれる立場でもあんねん」
「あ……」

私が忘れていた事実をギンは静かに語った。

「来年ボクや藍染隊長が五番隊にいるとは限らん。別の隊に異動かもしれへんし、昇進してるかもしれへんし、逆も然りや」

ギンや藍染隊長もまた選ばれる側でもあるのだ。この二人に限って左遷は考えられないが、昇進や異動は十分ある。ギンが隊長になっていたり、五番隊が他の誰かのものになっている可能性は高い。

「すっかり忘れてた……」
「せやからボクもお願いしとこ」
「何て?」
「昇進できますようにーて」

そう言ってギンは先程の私のように手を合わせた。どうせ神様など信じていないのだろうからふざけ半分だろう。しかし私はギンの言った「昇進できますように」が胸の奥に引っかかっていた。藍染隊長のいる隊に所属したい、これは紛れもない本心だ。だが私は当然のように藍染隊長のいる隊にはギンもいると思い込んでいたのだ。藍染隊長がいて、その後ろにギンがいて、その二人の背中を追いかけて行く。そうなれたらどんなにいいだろうと思った。しかしギンが「昇進」するとなれば、自分の隊を持つということだ。つまりそれは藍染隊長と別の道を歩むことを意味する。私は今になって、自分の理想の中にギンがいたことを思い知った。

「どうしたん? 名前ちゃん」

ギンに声をかけられ現実に立ち返る。その何も考えていなさそうな顔に向かって、私は久々に牙を剥いた。

「ギンなんか一生昇進しなくていい!」
「酷いなあ」

そう笑うギンは、私の本意をわかっていたのだろうか。