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いよいよ新年度が始まり、私は正式に六番隊隊士となった。毎日の鍛錬や生活規則は決して緩くはないものの、五番隊に仮入隊していた時を思えば十分ついて行けるレベルである。今思えば仮入隊にしてはかなりハードなことを求められていたと思うが、その中でやって行けたのは偏に藍染隊長を慕う気持ちがあったからだろう。恋愛的な意味でも、人間的な意味でも。

止めの声がかかって素振りを止めると、私は刀を構えたまま天井を見上げた。六番隊の美しい天井飾りが私を見下ろす。ああ、藍染隊長に会いたい。そう思うのに、私の足が向かう先は何故かあの丘なのだった。

「名前ちゃん六番隊に友達いるん?」

開口一番に失礼な奴だ。確かに私は昼休みだというのに一人でここに来たけれど、普段はちゃんと同期の友達と弁当を食べている。今日は本当に気が向いたからこの丘に来ただけで、まさかギンに会えるだなんて思わなかった。せめて一人思い出に浸りながら弁当を食べられたらいいくらいにしか思っていなかったのだ。

「ギンよりは確実にいるけど」

丘の頂上に腰を下ろしながら反論してやれば、ギンが「キツいこと言うなあ」と笑うのがわかった。今更だが私もギンももう五番隊ではないのに五番隊の敷地内に入ってしまって大丈夫なのだろうか。藍染隊長は優しいけれど、こういうのは見過ごすタイプではない。「困るよ、君達」と眉を下げて笑うのかもしれない。いや、藍染隊長ほどの人なら霊圧ですぐ気付くだろうに何も干渉されないこの状況こそが黙認されているという証左なのかもしれない。
弁当を広げて食べていると、唐突にギンが口を開いた。

「にしても名前ちゃんがここ来るなんて珍しいなぁ。なんか嫌なことでもあったん」

その言いぶりだとギンはいつもここに来ているのだろうか。今日出会ったのは偶然ではなかった? その疑問を読み取ったようにギンは「ほんの気まぐれやけど、たまに来とるよ、ボク」と言った。やはり半分くらいは偶然であったらしい。そしてこの場所が落ち着くというのはギンも私も同じのようだ。それを見透かされているのが少し悔しい。

「嫌なことっていう嫌なことはないけど、ストレスならそりゃああるよ。新人だもん。毎日しごかれてる」
「ボクもや。隊長なんて慣れんことするからやな」

それからは私が弁当を食べる音だけが響いた。先程から何もせずに私を見ているギンは昼ごはんは食べなくていいのだろうか。ギンのことだから仕事を早く終わらせて数分程度で食事を終えているのかもしれないけれど。

「藍染隊長に会いたいなあ」

ふと私が零すと、ギンは悪戯めいた笑みを浮かべた。

「ボクはこれから会議で会う」
「ずるい」
「羨ましかったら隊長になるんやな」

私はだし巻き卵を口に入れながら考えた。私が隊長になる頃、いやなれるかはわからないがもしなれたらと仮定して、その頃藍染隊長は何歳になっているのだろう。どれほどの地位についているのだろう。考えるだけで恐ろしいのでやめた。隣でギンは空を見上げながら口を開く。

「なぁ、また弁当作ってきてや」
「どうせ藍染隊長に渡してくれないくせに」
「ボクが食べたいんやもん。結構美味かったで、アレ」

そう言われると自分の中の何かが満たされる。あの頃は藍染隊長にばかり食べてもらいたいと思っていたが、友人のようになった今ギンのために作ってもいいかな、なんて気持ちが首をもたげる。

「それじゃあよろしく」

そう言ってギンは瞬歩でどこかへ消えた。私は一人残りの弁当のおかずを口へ運び、その味を一つ一つ確かめた。