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藍染隊長の行方を聞いた私は夢中で走り出した。何せ一度待てを食らったばかりなのだ。あの扉の向こうに藍染隊長がいる。そう思うだけで私の体は抑えきれなかった。

「藍染隊長っ!」

普段は忌避すらしている扉を勢いよく開け、私は叫んだ。次いで部屋の中を素早く見回す。藍染隊長はどこにいるのだろう。誰か教師と話をしているのか、教務室にある簡易ソファでもてなされているのか、それとも――。見れども見れども普段と変わりない教務室の光景に私が疑問を抱き始めたとき、教師の中でも一番厳しいとされる鬼教師と目が合った。

「苗字、ノックもなしに入ってくるとはいい度胸だな」
「あ……は……」

そこでようやく自分が何をしたのか思い知ったと共に全身から血の気が引いた。しかし時は既に遅い。「その場に座れ」という教師の声に正座した後、私は足が痺れるを通り越して感覚がなくなるまで説教を受けた。ようやく解放された時には立ち上がるのすらやっとである。泣きそうな気持ちになりながら、どうしてこうなったのだろうと考えた。私が藍染隊長に一目惚れをして突っ走った、つまり殆ど自分のせいなのだが、藍染隊長がここにいると私が知っていたわけではない。数十分ぶりに教務室の扉を開くと、そこにはまさに思い浮かべていた人物がいた。

「お疲れ様」

可笑しくてたまらないという風に笑っている少年は、私に藍染隊長の居場所を伝えたあの少年だった。教務室のどこにもいない藍染隊長。私の怒られる様を見て笑っている少年。私の頭の中で今全てが繋がった。

「……騙したのね?」
「何や、今気付いたん?」

そう言って笑う少年に怒りが込みあがってくる。恐らく藍染隊長はあの扉の中、応接室にいたのだろう。しかしこの少年が私を藍染隊長から遠ざけた。十中八九、ただの悪戯で。

子供のした事だと分かっていても怒りは収まりそうにない。私は少年に向き合うと、優しい声を出そうと努めた。

「あのね、年上をからかって遊んじゃいけないんだよ」

相手は私より年下で、恐らくは護廷十三隊のお偉いさんのご子息だ。ここは私が大人にならなければいけない。しかしその努力さえ嘲笑うように少年は言った。

「えらい先輩面してはるけど、ボクの方が先輩やで」
「それは今日は死覇装を借りてるからそうなのかもしれないけど――」
「ちゃうちゃう。ボクはこう見えてもれっきとした五番隊副隊長や。ここは一年で卒業したんやで」

開いた口が塞がらないとはまさにこのことを言うのだろう。唖然とする頭の奥で、真央霊術院を一年で卒業した天才がいるという噂を思い出していた。どうせ本当ではないのだろうと思っていたが、その証拠は今ここにいる。驚く私をよそに少年は懐かしむように校舎を見回していた。

「つまりキミよりボクの方が上や。本来ちゃんと敬語使って敬われるべきなんやけど」

そこで少年は言葉を切ってこちらを見た。思わず身構える私に少年はニッと笑顔を見せる。

「面白いもん見れたからお咎めナシにしたるわ」
「は、はあ……」
「にしてもさっきのキミ傑作やったなー、これで一週間は笑えるわ」

緊張が解けると共に段々と先程までの怒りが立ち戻ってくる。紳士的で大人な藍染隊長とは大違いだ。

「……名前は何と仰るんですか」
「ん? 市丸ギン。よろしゅう」

そう答えた目の前の少年を見ながら思う。私はこの男の子、市丸ギンが嫌いだ。