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翌日、私は鼻息も荒く霊術院へと向かった。三月も終わりのこの時期になろうと、霊術院にはみっちりと登校日が詰まっているのだ。それも一年後立派な死神になるためならば耐えられる。だが、あの悪童が先輩になるのは耐えられそうもない。

霊術院の校舎に昨日の出来事がより鮮明に思い出され、私はその辺の石ころでも蹴飛ばしたい気持ちになった。勿論ここは屋内だから石ころなど落ちていないし、元凶の少年は今頃五番隊隊舎でぬくぬくとしていることだろう。恐らくは藍染隊長の隣で。

「市丸ギン……」

余計に市丸ギンへの怒りが燃え上がる。昨日は面白いものが見られたからと本人直々に許しが出たが、私の今の態度では上司への不敬として罰でも受けてしまうのだろうか。いや、年上をからかって遊ぶ方が罰を受けて当然だ。私はただ藍染隊長に一目会いたかっただけなのに。

授業中も思うのは藍染隊長と市丸ギンのことばかりである。今日が学年末の短縮授業でよかった。でなければ、私はすぐに授業についていけなくなってしまうことだろう。

その時、私にある名案が思い浮かんだ。会えなかったのなら、また私から会いに行けばいい。幸い今日は短縮授業だ。時間はたっぷりある。私は今日の午後、藍染隊長に会いに五番隊隊舎まで行く。

そうと決まれば早かった。自慢ではないが、私は行動力には自信がある。たまに昨日のように突っ走り過ぎてしまう時もあるが、あれは市丸ギンが悪いのでノーカウントだ。放課後、霊術院を出てそのまま五番隊隊舎への道を歩きながら考えた。藍染隊長は私の姿を見て何と思うのだろう? どうして君がここに? と驚くだろうか。それとも、勉強熱心な子だねと全てを見透かした瞳で笑うのだろうか。どちらでもいい。私は藍染隊長に会いたい。

気付けば目の前に迫っていた五番隊隊舎に私はゴクリと唾を飲み込んだ。護廷十三隊の隊舎に来るのは初めてだ。だが、卒業したら自分が来る場所でもある。私は覚悟を決めて門へと近寄った。呼び鈴を探してみるが、それらしいものは見当たらない。そもそも藍染隊長とはどうやって会えばいいのだろう。今更不安が押し寄せてきた時、「何してんの?」と頭上から声がした。半信半疑で声のした方を振り向くと、そこには門の傍の木の枝に腰掛ける市丸ギンがいた。

「市丸……副隊長」
「ギンでええよ」

そう言って木から飛び降りた市丸ギンは私の目の前に着地した。

「で? どないしたん? こんな場所で」

こんな場所、とは五番隊隊舎の前のことである。私がここに来る理由など市丸ギンにもすぐにわかることだろう。それをわざわざ言わせようとしているのだ。最悪だ、と私は思った。よりにもよって一番最初に見つかる相手が市丸ギンとは。

「藍染隊長に……会いに来ました」

私は正直に言った。ここで嘘をついても仕方がない。市丸ギンへの怒りだって藍染隊長に会えれば収まるかもしれない。しかし、市丸ギンは平然と言った。

「藍染隊長なら今おらんよ」
「へ?」
「重要な話がある言うてお偉いさんに呼ばれとる」

私は正面からじっくりと市丸ギンを見た。もうからかわれるのはこりごりだ。これが嘘か本当か、相変わらずポーカーフェイスの上手い市丸ギンでは判断しづらい。すると市丸ギンはその視線に気付いたように言った。

「嘘ちゃうよ。そうでもないとボクがこんな所で遊んでられるわけないやろ」
「た、確かに……」

建物の中を見てみても中に人は少ない。今日は隊長がいないから半日休みとなっているのだろうか。少し考えた後、私は市丸ギンの言葉を信じることにした。

「わかりました。ありがとうございました」
「ええってええって」

市丸ギンに敬語を使うのは癪だが、それでも軽く頭を下げて五番隊隊舎を後にする。その後ろ姿がすっかり見えなくなった頃、ふとある人物が建物から姿を現した。

「ギン、あまり仕事をサボらないように」
「はーい、藍染隊長」

二人が連れ立って隊舎へ戻って行ったことなど、名前は知る由もない。