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あれからギンと私は何事もなかったかのようにまた丘で会っていた。そのことが私には少し嬉しかった。あの日のことに触れないのがギンの優しさだとわかっているからだ。本当は何故あの時あの場にいたのかとか、何故私を抱きしめたのかとか、聞きたいことは沢山あるけれど、あの日ギンに助けられたという事実だけでもう十分だった。


私とギンは今日も丘の上に二人並び、昼休憩の時間を持て余している。

「平和やなぁ」
「私の話聞いてた? 新入隊士はこの後六番隊内でテストがあるんだけど」
「頑張りや〜」

そう言って手を振るギンはどこまで人の話を聞いているのだろう。「だからピンチだって言ってるのに、」と私が言った時、唐突に目の前に影ができた。それがギンの頭が私の顔を覆ったからだと気付いた時には、唇が触れていた。

「は……」

思わず口から出た声にギンは笑う。

「そない色気ない声出すなや」
「色気ないって、アンタ」

わかっている。問題はそこではない。私が怒るべきはここではないのだ。ただ今は混乱して何も言えないだけで、そんな私を見てギンは笑っている。

「なんでこんなことしたの」
「別に。したかったからしただけや」

「こんなこと」と言ったのは明確に「キス」と言いたくなかったからだ。唇を抑えてギンを見上げる私を全く気にする様子もなく、ギンは伸びをして立ち上がった。

「そろそろ行くわ。ほなまた」

何も返せなかったのは私のせいではないだろう。一人残され、私は膝を立ててその場にしばらく座り込んだ。


それから一週間はあえて丘へは行かなかった。ギンにどんな顔で会えばいいかわからないからだ。行ったとしてもお互いの都合が合わず一週間も会えないことは珍しくないので、別に向こうも何とも思わないだろう。いや、鋭いギンのことだから私の考えていることなど全てお見通しなのかもしれない。その上であの丘に来てのんびりと昼休憩の時間を過ごしている様子がありありと思い浮かぶ。私はこんなに悩んでいるというのに、なんだか腹立たしくなってきた。

そもそも何故私が悩んでいるかといえば、原因はあのキスに他ならないのだ。いくらギンといえどキスはやりすぎだと思う。そう、からかっているに違いないのに私はこんなにも動揺してしまっている。それが酷く悔しい。

その理由には藍染隊長に振られた時優しくされたことがあるのだろうか。それとも好きだと言われたことがあるからだろうか。前者は長い付き合いの友人だからだろうし、後者に至ってはそれこそからかいに決まっている。だから私はギンのキスにこれっぽっちも動揺する必要なんてないのだ。それなのに、あの唇の感触を忘れられない私がいる。