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行きましょうと言っても私が場所を知っているわけではない。知っているのは勿論この人、今私が袖を引っ張っている市丸ギンである。ある程度歩いたところで後ろの市丸ギンを振り返ると、市丸ギンは了解したとばかりに笑みを浮かべた。

「こっちや」

そう言って私を先導する背中に腹が立たないのは、この先に藍染隊長が待っているとわかっているからだろう。私は黙って市丸ギンの後ろ姿を追った。緊張で胸が高鳴り、今度こそ藍染隊長に会えると思うと心が湧き立つのを感じる。私は藍染隊長と上手く喋れるだろうか。

「今度こそ騙してないでしょうね」
「この間は悪かったて」

私が緊張を紛らわすためにも口を開くと、市丸ギンはそう言って振り向いた。

「でも今度は本当。ほら、見えてきたで」

市丸ギンの指さす方を見ると確かに五番隊隊舎があった。しかもその窓からは、仕事をする藍染隊長の姿が見える。本物の藍染隊長を前に私の鼓動は一層早くなった。なんだかんだ市丸ギンとは毎日会っているが、藍染隊長に会うのはあの講話の日以来だ。しかもあの日は生徒の一人と講師だったが、今日はわけが違う。

私のことなどお構いなしに市丸ギンは窓を叩くと、藍染隊長を呼び出した。やがて藍染隊長は五番隊隊舎の出入り口から優雅に出てきた。

「どうしたんだいギン。またいなくなったと思ったら」
「藍染隊長にどうしても会いたいっちゅう子がおるんですわ」
「誰だい?」

至近距離の藍染隊長に興奮していたのも束の間、二人の注目は唯一の部外者である私に寄せられた。何か話さなくてはいけない。私が自己紹介をしようとしたのを遮って、市丸ギンは事もなげに言った。

「藍染隊長のとこ押しかけようとして教官にこってり絞られてた子ですわ」
「そうなのかい?」

藍染隊長に聞かれ、私からは否定とも肯定とも取れない唸り声がでる。それを見て笑っている市丸ギンを殴ってやりたいところだが、事実なので仕方ない。そんなことをしていれば藍染隊長が私に向き直った。

「それで、僕に何の用かな」
「え、と……」

言葉が上手く出てこない。それは目の前にいる藍染隊長の霊圧やオーラに圧倒されているからではない。藍染隊長に会うことばかり考えて、全く視野に入れていなかったのだ。藍染隊長に会った後どうするかを。

「あの……」
「どうしたんだい?」

思わず俯く私に藍染隊長が語りかける。その優しさを肌身に感じながら、私は泣きそうになっていた。それと同時に昨日の市丸ギンの言葉も思い出していた。

――なあアンタ、藍染隊長と会ってどうするつもりなん?
――じゃあお話するとして、一体何を話すつもりなん?

あれはこの状況を予期しての言葉だったのだ。つまり市丸ギンは私がこうなるとわかっていたからここへ連れてきたのだ。体から血の気が引くと共に、頭上から藍染隊長の優しい声が降ってきた。

「すまない、僕も多忙でね。用がないならもう行くよ。ギンも早く仕事に戻るように」
「はーい」

私から遠ざかってゆく二人を見ながら、私はポツリと立ち尽くしていた。また市丸ギンにしてやられた。そして私はやらかしてしまった。藍染隊長の前で、何という失態だろう。先程のほんの数分の出来事が何回も頭を駆け巡る。呆然としていた私の視界に窓ガラス越しに仕事をする藍染隊長が映ったことで我に返り、私は重い足取りで元来た道を引き返した。