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「それでは各自解散!」
「はっ!」

朝礼を終え、五番隊での鍛錬を乗り切り、明日からの行程の説明が終わった頃にはもう日が落ちようとしていた。流石護廷十三隊だけあり、鍛錬は霊術院で行なっていたものと比べ物にならない。私が今床にへたり込んでいないのは毎日自主練を欠かさずに行なってきていたからだろうか。とは言っても流石に疲労は凄まじい。仮入隊初日で、肉体的にも精神的にも疲れた。思わずその場に腰を下ろそうとした時、不意に横から小さな顔が現れた。

「久しぶりやね、名前ちゃん」
「い、市丸副隊長……!」

私は慌てて立ち上がり姿勢を正した。生意気だった男の子も、今では立派な上官だ。すると市丸ギンは堪え切れないという様子で笑い出した。

「ギンでええよ。癪なんやろ?」
「なっ……」

仮入隊に来る前「癪だけど本人の前では市丸副隊長と呼んでいる」と言ったのを何故知っているのだろうか。いずれにせよ何重にも恐ろしい。思わず凍りつく私に、市丸ギンは続けて言った。

「あ、でもみんながいる時はあかんよ。キミはまだ霊術院生やからな」
「当たり前です」

流石の私だって藍染隊長や他の霊術院生の前で市丸ギン呼びをするつもりはない。そんなことをすればたちまち私は目をつけられてしまうだろう。やはり彼はどこか食えない人間だ。訝しげな目線をやる私に対し市丸ギンは楽しそうな様子だ。

「ホラ、言ってみ」

今まで散々市丸ギン市丸ギンと言ってきたが、本人を前に呼ぶ度胸はない。それは彼が私より上の存在であるからだ。しかし本人がいいと言うなら、そして近くに誰もいないこの状況なら言ってもいい、のかもしれない。

「……市丸ギン」
「何でフルネームやねん」

流石は関西人とも言うべきスピードで市丸ギンのツッコミが入った。何でと言われても、私は散々呼んできたこの名前がしっくり来るし、名前を呼び捨てなんてまるで仲良しみたいだ。ファーストネームを呼ぶことへの照れも多少あるけれど。

「ちゃんとギンて言うんや」

上官命令とは言われてないのだから断ることはできる。というか市丸ギンに言われたことなんて基本全て断りたい。しかし、この時の私の胸の中の好奇心のようなものが渦を巻いた。試しに一言、その名前を声に出してみたいと。

「……ギン」

いざ声に出してみると、それは不思議と私の口によく馴染んだ。市丸ギンは嬉しそうな様子でこちらを見る。子供なんだから、いつもそうやっていれば多少は可愛らしいところがあるのに。なんて思ってしまったのは秘密だ。

「ありがとなぁ名前ちゃん、ボク感動したわ」
「そうですか」
「これから二人の時はギンって呼んでええからな! ほなまた」

そうして市丸ギンは嵐のように去って行った。結局私に残ったのは、少しの精神疲労と胸のときめきだ。五番隊に入れば市丸ギンと二人になることは避けられないのだと思うと気が重いが、ギンという呼び名は気に入った。もう一度呼んでみたいような、二人きりの時しか呼べないことを考えると呼びたくないような。複雑な思いを抱え、私は家へと歩き出した。