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家に帰れば今日も宮侑が夕食を作ってくれていた。素直にありがたいが、昼間宮侑は何をしているのだろう。そう思って聞いてみると「外出て適当に身体動かしてる」とのことだった。なんとも侑らしい答えだ。恐らく社会人になっても侑がバレーを続けていることに私は心の中で安堵していた。きっと日本代表のユニフォームを着て、家も豪華なマンションに住んでいるのだろう。そして週末には派手に遊ぶ……タイプではないから友達や彼女と――つまり私と、会っているのかもしれない。

「何?」

見すぎていたのだろう。タオルドライをする手を止め、こちらを見て笑っていた。からかうようなその笑みはやはり今と変わらない。

「……別に、何でも」
「嘘つけ、見惚れとったやろ」
「別に毎日見とる顔やし!」

いや、正確には現時点でも侑のことは美形だと思っている。だからと言って恋愛の意味での好きに直結するわけではないのだけれど。ああ、未来で付き合っているだなんて聞くから今の侑に対してもおかしくなってしまうのだ。

「俺は名前にずっと見惚れとるよ」

宮侑はそう言って私に手を伸ばした。思わず身構えるが、その手が辿り着いたのは私の髪だった。

「昔の人間なんて写真でしか見れへんやん? それが目の前におって、しかも付き合ってない時代の名前なんて可愛くて可愛くてしゃあない」

毛束を掬っては落としていた手が、段々と上に移動した。恐らくは今の侑より大きな手。セッターにとって一番大事なそれが、私の頭の上に置かれる。

「おやすみ」

そのまま屈んで私の額に唇を落とした宮侑に、私は何もすることができなかった。



「おい」
「ヒッ」
「ヒッて何やねん」

翌日宮侑に見送られた私は朝練で侑に会っていた。一日の三分のニは侑と顔を合わせているのではないだろうか。せめて学校でくらいは会いたくないものだ。というより、侑を無駄に意識してしまう自分が恥ずかしい。今でさえ触れられた肩が発火しそうだ。侑はこんなにボディータッチをする人だっただろうか。朝練終わりの体育館の隅で挙動不審になる私を侑が目を細めて見た。

「お前変やぞ。つってもまあ未来の俺のせいやろうけど。何されとん?」
「何もされてないから!」

思わず大声で言った私に周囲の注目が集まる。これでは何かされたと言っているようなものだ。羞恥心を押し退けるように手を動かし、私はマネージャー室へと急いだ。今侑といると、頭がどうにかなってしまいそうなのだ。
振り返らずに早足で進んだ私は、この時侑がどんな表情をしているかなど知る由もなかった。