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「ただいまー……」
「おかえり」

いつも通り迎えてくれた宮侑の顔を見て私は目を見開く。そこにあったのはいつもの端正な顔、ではなく明らかに殴られた跡のある顔だったのだ。

「ちょ、それどうしたん」
「別に何でもええやろ」

そう言うと同時に宮侑は私へ腕を伸ばす。私はもう抵抗をするという考えすら頭になく黙って宮侑の腕に抱かれた。靴も脱がないまま、玄関で抱き合う私達は一体何なのだろう。少なくとも恋人ではないことは確かだ。触れ合った部分から宮侑の体温を感じる。私の全ても宮侑に伝わってしまうようで、少し恥ずかしい。

「なぁ、俺のこと意識しとる?」

うるさい鼓動が伝わってしまったのだろうか、宮侑は私を抱きしめたまま言った。私は思わず顔を上げる。その「俺」が指すのは未来の宮侑自身なのか今現在の侑なのか、宮侑の表情だけではわからない。何者をも吸い込んでしまうような深い瞳がそこにあるだけだ。今日の宮侑はどこか違う。そう感じながらも私は口を開こうとした。それを遮って、宮侑は腕に力を込めた。

「その答えは今の俺に言ったってや」

その次の瞬間ふと私を抱く力が緩み、宮侑はポケットのスマートフォンを指差す。画面に浮かぶポップアップ通知には、「今どこや」「今から会えるか」と侑からのメッセージが表示されていた。宮侑を意識しているかいないかを今の侑本人に告げる意味はわからない。それでも、今の侑に呼ばれ、未来の侑に行けと言われた私は行くことにした。

「ちょっと出かけてくる。すぐ戻るから」

二人で暮らすようになってからよく言うようになった台詞だ。大抵宮侑は「気をつけ」とか「遅くなるなよ」と言ってくれる。だけれど今日は違った。

「遅くなってもええ。俺の話、ちゃんと聞いといてくれや。そんで帰りは送ってもらえ」

何と言えばいいのだろう。今の宮侑には、どこか消えてしまいそうな、私の知らない遠くへ行ってしまいそうな、そんな雰囲気があった。侑の所へ行くはずが今ここにいる宮侑が気にかかる。後ろ髪を引かれる、とはこういうことを言うのだろう。そんな私を察してか宮侑は私の背中に手を置いた。恐らくは左腕を。そしてそのまま力を乗せ、私を玄関の外へと押し出した。

「はよ行け。俺のこと待たすなや」

あまりにも侑らしい一言に、やっぱり宮侑は侑の将来の姿なのだと再確認した。玄関のドアは既に閉められている。宮侑は振り返ることを許さないだろう。ならば私がすることは一つ、今の侑の元へ走るのみである。