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太宰に聞くことが許されないのであれば、直接名前に聞けばいいのではないか。そう思い、中也は名前を呼び出して尋ねた。

「お前、何で太宰にもっと押さねえんだよ。何でいっつも自分から退いちまうんだよ」

単刀直入に言うと、名前は目の前のグラスを両手で包み、穏やかな口調で語り始めた。

「だって、太宰はそれを望んでいないから」

呆気ないほど短い言葉だった。最早名前は自らの恋心を中也に知られたことで動揺することもなく、それが当たり前であるかのようだった。中也は、名前の手の中のグラスを見つめる。名前が頼んだウィスキーが光を受けて煌めいていた。太宰ならば、相手に意識させずとも自分の望んだ通りにできる。名前にわざわざ「太宰はこうされるのが嫌だから」と思わせ、自ら退くような行動を取らせずとも、名前の無意識下に名前を遠ざけることだってできるはずなのだ。なのに、太宰はあえて名前に退かせる。そのことに、名前は気付いているのだろうか。

「なぁ、手前目ぇ覚ませ」

中也の言葉に、名前は顔を上げた。

「太宰のためにどれだけ苦しんでんだよ。そんなことしなくても、他に男なら沢山いんだろ」

まるで弱っている隙に付け入ろうとする男のようだと思った。勿論中也に名前を口説き落とそうとする意思はないが、女が今夢中になっている男から目を逸らさせるという意味では中也も同じなのかもしれなかった。ただ中也は、自分のためにではなく、大事な幼馴染である名前のためにそれを行っている。

「何なら俺の知り合いを紹介してやる。だから――」
「ごめん」

だから、太宰を諦めるべきだ。行き場を失った中也の言葉は空中を彷徨い、やがて風の中に消えた。中也の言葉を遮るようにして聞こえた名前の言葉は、強い意思に満ちていた。

「ごめん。でも、ありがとう」

中也は名前の顔を見た。もう名前は俯いておらず、まっすぐに目の前の中也の顔を見据えていた。その瞳には相変わらず強い光が宿っている。こう言われては、幼馴染としてもう退くほかない。

「……お前がいいっつーんなら、別にいいけどよ」

嘘だ。良くはない。だがこれ以上名前に太宰を諦めることを強制することはできないと思った。それは太宰がわざと名前を拒絶することよりも残酷だという気がした。

「ありがとう」

そう言って笑った名前の顔に、いつか後悔する日が来るのだろうか。