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何度か尋ねたことはあったが、やはり赤井さんのマンションは豪勢で、威圧感があった。このマンションに住んでいた身からすれば私のアパートなどクローゼットか何かのように感じていたことだろう。改めて秀一さんに申し訳なさを感じつつ、私はフロントの男性にそっと近付いた。

「あの、二〇〇六号室の赤井に用があるんですけれども……」

すると、スーツの男性は手元にあったファイルを音を立ててめくった。数秒の沈黙の後、彼は口を開いた。

「赤井秀一さんですね。彼の部屋は、死亡により解約されています」

まるで何とも思っていないような無機質な声が、赤井さんの死を平然と告げる。その時私は何故か、秀一さんと夕食を食べた時のことを思い出していた。

――まあそう言うな。過去の俺も焦っているんだろう。

あの時には既に、赤井さんは自分の死を予期していたのだろうか。半ば朦朧とした意識のまま、私はフロントの男性にお礼を言い、赤井さんのマンションを後にした。どうやって帰ったのかも覚えていないまま家に辿り着くと、居間の中心で私は呆然と立ち尽くした。その時になって初めて分かった。未来の私たちは別れているのではなく、死んでいたのだ。だから秀一さんは否定も肯定もしなかった。できなかったのだ。理解した瞬間に涙が零れた。止め処なく私の目から溢れるそれは、重力に従ってカーペットへと沈んだ。私にはもう、赤井さんも秀一さんもいないのだ。


次に意識が浮上した時、私は居間に横になっていた。あのまま寝てしまったのだろうか。体を起こすと、妙に片付けられたキッチンが目に入った。秀一さんはもういないのだし、片付けをやってくれる人はいない。気付かない間に皿洗いをしていたのだろうか。違和感を抱えたまま私はスマートフォンを見た。今日は休日だからいいが、この様子では相当な時間数寝過ごしていそうだ。

そこで私は信じられないものを見た。スマートフォンに搭載されているデジタル時計ではない。その下に小さく表示されている、今日の日付欄だ。そこには無機質な文字で、一週間前の数字が表示されていた。一瞬スマートフォンの故障かと思ったが、テレビをつけてみてもやはり今日は一週間前の今日なのである。普段ならばまだ夢を見ているのかと思うところだが、私は前例を知っている。私の元へやってきた、秀一さんの存在だ。

秀一さんのことに思い当たると私はすぐにマスクで顔を隠して外へ出た。秀一さんは過去の自分と出会っては困ると言っていた。私も同じように過去へ戻ってしまったならば過去の私には会わない方がいいのだろう。そのまま家にいては、私が会社から帰ってきてしまう。アパートの外に出た時から行き先は決まっていた。この時点での私の恋人、赤井さんの元だ。

体感時間で数時間前に訪れたマンションを私はもう一度訪れた。先程と同じフロントの男性に私は赤井さんに用がある旨を告げる。私が緊迫した気持ちで彼の口の動きを見守った。しかし、彼は何でもないことのように言った。

「二〇〇六号室の赤井様ですね。今お呼びします」

この場で私が泣き崩れそうになっていることなど、目の前の男性は知らないだろう。まもなく私のスマートフォンに赤井さんからの連絡が入り、「どうしても話をしたい」と言って私は赤井さんの部屋に向かうことになった。