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赤井さんはやはり冷静で、それでも私が愛おしくてたまらないという顔でこちらを振り向いた。

「話とは何だ?」

私達は居間のクッションに座って向かい合った。二人の間では見るからに美味そうな鍋が湯気を上げていて、食べられる時を今か今かと待ち構えていた。赤井さんは既に暖房を入れていたようで、部屋は快適な室温に保たれていた。

「赤井さんは、本当に未来から来た赤井さんということでいいんですね?」
「ああ、証明するものはないがな。君の恋人の赤井秀一だ」

肩をすくめてみせる赤井さんはいつもよりやや人間味があるものの、嘘をついているようには思えない。もっとも、赤井さんが嘘をついたところで私にそれを見破れるわけがないのだが。
私は、未来からやってきた赤井さんは何があったのか知らないが私のことを愛していると思う。だから、私に嘘はつかないと思う。

「信じることにします」
「ありがとう」

赤井さんは頬を緩ませる。しかし、本当に聞きたいのはこれからなのだ。

「一体未来で私と赤井さんに、何があったんですか?」

そう言うと赤井さんは真剣な表情をした。その顔を見た時私は選択肢を誤ったことを悟った。赤井さんは普段から自分の領域に踏み込まれるのを嫌う人だった。私は今、未来の赤井さんの触れられたくない領域に足を突っ込んでしまったに違いない。

「それは君に伝えることはできないな」

もはや私は、座布団の上に縮こまって赤井さんの話を聞いていた。自分から始めた話だというのに、早くこの険悪な雰囲気を終えて鍋を食べたいとすら思っていた。

「未来を告げることはできない。それによって、未来が変わってしまうかもしれないからだ」
「はい……」
「それと丁度いい。俺からも話があったんだ」

私は虚を突かれたように赤井さんを見た。未来の赤井さんがわざわざ私に告げる話とは何なのだろう。赤井さんの表情からは相変わらず何を考えているのか読めない。

「俺は過去の俺や俺を追っている組織に会えないと言ったな。早い話、ここから出られない。君以外の過去の人間に姿を見られては困る」

赤井さんは仕事の話をあまりしない人だけれど、危険な身であるということは理解していた。実際付き合う時に何度も身の危険を感じたら報告するように言われたし、赤井さんが仕事で何らかの危険に晒されている時は会うことすら許されなかった。赤井さんの仕事の危険性については理解しているつもりだし、私は全く問題ない。私が頷いたのを確認してから、赤井さんは話を続けた。

「この部屋には俺の道具一式が何も揃っていないようなのでな。俺の言うものを買ってきてくれ」

他に男の気配がないのは君らしいが、この時の俺は君の家に泊まったことすらないとはな。赤井さんはそう言って私の部屋を見回した。赤井さんが言っているのは、恐らく衣服や髭剃り、整髪料などの生活道具一式だろう。これにも私が頷いてみせると、赤井さんは緊迫した空気を打破するかのように笑って言った。

「元の時代への帰り方がわからないから、しばらく君の所に世話になる。特にやることもないから、過去の君をうんと可愛がることにするよ」

私は頬に熱が集まるのを感じた。私が恋愛に不慣れなのは今に始まったことではないが、未来の私はこれだけ愛情表現の激しい赤井さんに対してどう接しているのだろう。少なくとも現在の私は、慣れられそうにもない。私の反応を楽しむように眺めていた赤井さんは、追い打ちをかけるかのように「それと」と言った。

「前も言ったが、その赤井さんというのをやめてくれないか?」
「じゃ、じゃあどう呼べば……」

脳内に一つの可能性が過りながらも、それを口にするのは恐ろしい。そんな私を見透かしたかのように赤井さんは言った。

「ファーストネームを、呼び捨てにしてくれ」

これがただの要望であったならば、私が了承して終わりだっただろう。しかし、赤井さんは今私に呼ばせたいようだった。

「秀一、さん」

思わず付け足した敬称は私なりの妥協点だ。秀一さんは私の内気さを笑いつつ、手を伸ばして私の頭を撫でた。

「よくできた」

秀一さんに頭を撫でられていると、心が満たされてゆく気持ちになる、長らく私が赤井さんに求めていた優しさや愛情、それらを全て秀一さんは惜しみなく私にくれるのだ。

「さあ、食事にしよう」

秀一さんは手を元に戻すと箸を取った。そして、私が手を合わせるとそれに倣うように手を合わせた。

「いただきます」