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自分を好きにさせるという計画において、試合を見せるのはなかなか有効だと思う。侑はチームのスターティングメンバ―であるし、試合でも活躍はしているつもりだ。セッターだからスパイクを決めることこそあまりないものの、侑の試合中の姿を見てファンになったという者も多い。普段より幾らか緊張して臨んだ試合では、フル出場を果たしたしきちんとチームに貢献もした。勿論試合結果は侑のチームの勝利だ。観客席に名前の姿が見えないかと目を凝らしたものの、名前の性格ではまず選手との距離が近い席は座らないだろうなと思って諦めた。ストレッチとミーティングを終え、ロッカーのスマートフォンを手に取ると、数あるメッセージの中から一つ、名前のメッセージが目に入った。

「お疲れ様。今、近くのカフェにいるよ」

単純に文面を受け取れば、これはただ侑の言いつけ通りに試合を見て今は会場を離れたという報告なのかもしれない。しかし、最後の一文は侑への誘いではなかろうか。自分は今カフェにいるから来れたら来て。そう言っている名前の顔が目に浮かぶ。侑は急いで身支度を済ませると、名前がいるというカフェに向かった。勿論あのメッセージはただの報告で、名前はとうに店を離れている可能性もある。それでも侑を走らせるのは、名前が初めてセックス以外の用事に誘ってくれたという事実なのだった。

カフェに入って辺りを見回すと、窓際に白いコートの後ろ姿を見つけた。間違いない。あれは名前だ。

侑は適当にコーヒーを注文すると名前の正面に腰掛けた。名前は驚いたような顔をしていたが、「お疲れ様」と言ってカフェラテを一口飲んだ。侑は湯気を立てるコーヒーのことも無視して名前に語りかける。

「どうやった、俺は」

試合は、と聞かなかったのはせめてものアピールである。名前には侑のことを見ていてほしかったし、侑のことを考えていてほしい。期待する侑の眼差しから逃れるように、名前はふいと横を向いて言った。

「別に。昔と何も変わらん」

凄かった、格好良かった、そんな言葉を期待していた侑は気落ちした。これがバレーを全く知らない女の子なら話は別なのだろうが、名前は三年間稲荷崎のマネージャーをしていたある意味経験者だ。全国レベルのバレーを常に見てきた者ならば、素人のように気圧されるということもあまりないだろう。

「昔となんも変わらんって、もっと他にあったやろ……」

仮にも侑の長らくの想い人なのだから、発言には気を付けてほしい。項垂れる侑を見て、名前が揶揄うように言った。

「昔と変わらず、かっこええって意味やで」

侑はすぐさま顔を上げて名前を見る。名前は楽しそうな顔をしているものの、侑を試しているような雰囲気ではない。本命の女の子から褒められると、こういう時なんて言っていいのかまるでわからない。ありがとうとか次も来てだとか他に言いようはいくらでもあるのだろうが、侑は身を乗り出して言った。

「今晩、一緒にデートせえへんか」

名前は可笑しそうに笑うと、「デートってそもそも二人でするもんやろ」と言ったのだった。