3、独りよがりと日常

「こんにちは、はぐれ君。外の世界に出る手がかりは見つかった?」
「名前さん。…まだ何も」
 若干不機嫌そうな香りを漂わせて彼はこちらを振り返った。その調子じゃまだ何もつかんでなさそう、と告げればそれは本当だったらしく、視線をそらせた顔を見て思わずくすりと笑う。少し付き合わないかと誘えば以外にも彼はOKしてくれた。
 彼と出会ってから数日が経過しようとしていた。あっという間の時の流れが意外に感じる。彼が来ただけだというのに体感する流れがこんなにも早く感じるなんて。彼もそれは同じなのだろうか。…そうかもしれないが、違うだろう。彼はここから出られないまま、手掛かりが得られないまま無情に時が経ていくことに焦っているのだ。

「…あのさ、何かここについて教えてくれたらうれしいんだけど」
「私が話すことなんて特にないよ。はぐれ君が見たものや感じたことがすべてだから」
 
 なんて曖昧な言葉に彼はため息をつく。この数日間私は彼に関わることもヒントを与えることもしなかった。本当に私が語れることはなかったからだ。あとは彼自身が自分の手で道を切り開いていくほかない。
無人の公園に入っていく。風に揺られてブランコがキーキー音を立てる。錆びついた音がこの場にこすれる。そこにあるベンチに二人して座った。

「…まるでおとぎ話の世界みたいだ。街がちゃんとあるのに人がいないなんて」
「フィクションみたい?」
「…な、なんでそれを……」
「なんでもない。ただ言ってみただけだから」

 上は雲一つなく真っ青だった。だけど気持ちの良い青ではない。私たちはこの色に囚われ、動けないでいる。閑散とした雰囲気が、小さく軋む音がここから逃れられない運命を心に植え込んでいく。
はぐれ君は眉をしかめるとそっと視線を私の方へ向けてきた。

「最初から誰もいなかったの?」
「そうだよ。ずっとここには人がいないから…少なくとも、私の物心ついたときには」
「食べ物とかはどうしていた?」
「缶詰、保存きくから。ここの物は皆腐れないんだ。何でか知らないけど皆消えないの」
「消えない?」
「…死ぬというのは消えることじゃないの?」
 不思議な場所という認識はあった。すべての生き物には皆等しく死があるというのにここの生き物は全員その鉄則から外れてしまっているようだった。そう告げると彼は驚いてこちらを見る。

「じゃあ、名前さんはずっとその姿のまま?」
「外見はそうだよ。本当の歳なんてわからないし、歳を数える必要もないからね」
 驚く彼に問うてみた。どうやら彼らには誕生日があるらしい。また新しい一歩を踏み出し成長したことのあかしとしてその者の家族は盛大なお祝いをするのだと。…へえ、それは楽しそうだな。小さくそう漏らした言葉が聞こえたかそうではなかったか。彼は小さく私にささやいた。

「…寂しくないの?」
「…さみしい?それはどうして?」
「だって…今まで誰もいなかったんでしょ?自分の歳も分からなくて、祝う人もいないし…」
 さみしいという感情の存在は知っていたけど、体感したことのなかった私はこれには首をかしげるしかなかった。同じ種族の生き物がいないと人は寂しいと思うのか。首を横に振ると何故か彼は悲しげな表情を浮かべた。

「名前さんはここから出たことがないんだよね。出たいと思ったことはあるの?」
「もちろんあるよ。そこには君のような人がたくさんいるんでしょ?」
「…ならさ…出ようよ。一緒に」

 思いもよらない言葉に目を瞬かせる。今のは聞き間違いじゃなかったか。彼は真剣にこちらを見て、はなった。そんなことは不可能だと言っているのに、どうして?
「名前さんは僕がここに入れたのなら出ることもできるって言っていたよね。きっと名前さんも外に出ることができると思うんだ。…だって、昔は人がいたんだよね?皆出て行っちゃったなら、名前さんも出ることができるはずだよ」
「…ち、ちがうのはぐれ君。私は…」
「…名前さん?どうかした?」
「……なんでもない。でももしそうなったら、それはとっても素敵なことだろうね」
 残念ながらそれはかなわないことなのだ。私はここを出ることはできない。それは絶対前提であって誰にも覆せることではなかった。それでも実際にできるかのように言う彼が眩しく見える。一瞬でも抱いた気持ちに重く重く蓋をした。ダメだ。いけない。

「そろそろ探索に戻りなよ」と突き放すように私は彼の元を離れた。無意識のうちに目線をそらして背を向けてしまったから、彼がどんな表情をしていたかなんてわかるはずはなかった。

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