6、独りよがりと冒険

白い鳥が飛んでいた。真っ白な綺麗な鳥だった。新入りかな、と目を細めてその行方を追う。始めてきた場所なのに関わらず戸惑いなく真っ直ぐに青いキャンバスを走る姿が、どことなく誰かに似ている。既視感と共にその鳥はあるメッセージを私に運んできてくれた。…ああ、もうすぐか。 私は服についた埃を払い立ち上がった。

「えーっと、ごめん。今なんて言ったの?」
「冒険に行こう。いいところ知ってるんだ」
 私の恰好を見て彼はさぞ驚いたことだろう。旅行用のバッグに適当に拝借した埃だらけのブーツ。傷んだ上着と完全防備の姿はいつものワンピース一枚からは程遠い。今は暇か、と聞いて頷いたところに間髪入れずに言ってのけた私に彼はいまだに目を瞬かせている。

「冒険……どうして急に?」
「別に外の抜け穴を知っているとかそんなんじゃないよ。ただ単に教えたいと思ったから教えるだけ。それに他意はないもの」
「そうかもしれないけど…珍しいね。自分から誘ってくるなんて」
 もしかしたら本当は乗り気ではないのだろうか、と思い始めたところで彼は笑って頷いた。少し遠い場所にあるから、と言うと彼はわかったとばかりに支度を始める。ちょっとの食糧と、探偵用の道具。そこでもなにか調べるつもりだろうか。特に尋ねることなく共に歩き出す。
 延々と街が伸びているわけではない。ある一角にだけ変わった場所があるのだ。そこに彼を連れて行きたくて、私は歩きなれない瓦礫の道へと彼を案内する。始めは涼しい顔をしていた彼だったけど、ところどころの急勾配やら瓦礫の山やらがいつしか彼に汗をかかせていた。

「…少し休憩する?」
「…疲れてないの?」
「そういうのって、疲れるものなの?」
 どうやらそうらしかった。丁度あった壊れかけの椅子に腰かけるように促すと、彼は小さく首を振る。私に気を遣って私が座ってほしいのだそう。…疲れていないというのに、随分と紳士なふるまいだ。互いに譲りあっていたらきりがないからいっそのこと二人で座るかと提案すると、彼はそっぽを向いて断った。何かしてしまったかと聞いてもただ首を振るだけで理由を話してくれない。これにはただ首をかしげるしかなかった。

「…ついた」
「ここは…」
 どれくらい長く歩いたことだろう。いつしか日は東に傾き始めて空の色も変わっていた。私たちは小さな林に浮かぶ泉を眺めて佇んでいた。…生き物がおらず、底まで見える透明の泉だ。キラキラと太陽の光を受けて青色に輝いている。 彼は雰囲気に圧倒されたのか何を言うこともなかった。…小さいのに、壮大。広いのに狭い。泉の表面は空の鏡になっていた。どちらが上で下なのか、空で泉なのか錯覚させるほどに。

「正直、ここは一番嫌いな場所だった。外は夜か昼か判別できるから、時間がわかるだけまだまし。…だけどここは何もない。それこそ壊れない生き物みたいに」
「…名前さん?」
「だけどはぐれ君には必要な場所だと思う。多分、今なら使えるから」

 一歩前に足を踏み出そうとすると、止められる。つかまれた腕の先には彼の真剣な表情。

「…どうして」
「…わからないけど、名前さんがどこかへ行くんじゃないかと…消えるんじゃないかと思って」
「私は嘘はつかないよ。永遠にここに留まる存在なんだって」
「……ここは確かにとっても綺麗な場所だけど、確かに名前さんの言う通り良い気分にはなれないんだ。どんな場所なのかは知らない。…でも、君にとって良くない場所なのはわかるよ」

 折角冒険に連れてきてあげたのに、彼はちっともうれしそうな顔をしなかった。それどころか私を引き留めて元の場所に帰ろうと言い出す始末。これにはさすがに私も呆れてしまう。どうしてそんなことをする必要があるのか。

「…はぐれ君。君は何がしたいの?」
「何がって__」
「元の世界に帰りたいんだよね?そのために私がここへ連れてきたことも、察しの良い君は気づいているはずでしょう。…今まで動くことが出来なかったのに、初めて自ら君を誘導したんだもの」
 何をするのかは見ればわかるから、とりあえず離してくれ。私は強引に彼を引き離す。苦虫をかみつぶしたような顔が下を向く。 それに気にすることなく私は前進する。…泉の中へ。

「名前さん!っ何して_」
 慌てて追いかけようとして同じことをした彼の手をつかみ、思い切りひく。目を見開いたのと体が水に沈むのはほぼ同時だった。頭を必死に抑えつける。水中から泡があふれる。苦しそうに、必死に抵抗する彼。地上へ浮かび上がらせてはならない。私もいつしか水中に身を沈めて奮闘する。
 互いの瞳が、交差する。朧げな意識が私に語り掛ける。力の入りきらなくなった状態で、彼は言葉を発した。…いや、口にした。

「_____」

音じゃ聞こえないはずだと思ったから彼を見ていたのに、口の形ではっきりとその意味を知ってしまった。…無意識に力が、緩む。胸を強く押される。

「っは__」
「くっ、」
 解放された肺がしきりに空気を求めて喘ぐ。何度も何度も咳する音が重なる。まわりに広がる茶一色。…良かった。何とか成功したようだ。私はどうにか息を整えて、私以上に重傷の彼の背中を叩く。それすら気づいていないのか無頓着な彼を岸までひっぱりあげた。

「……ごめんね。無茶なことさせた」
「………」
「……ごめん」

 ひゅうひゅうと息をたてる音が耳を擦る。さぞかし辛かったことだろう。膝をかがめてその姿を眺める。…命に別状はないようだ。それには、安心した。…タオルと温かいものは持ってきているから、一旦離れて彼を休めなければ。そう思って場所を探そうと離れたのと、肩が勢いよくつかまれたタイミングは同じだった。

「っ、いい加減にしろよ!!」

 全身が縮こまって固まる。…それは出会ってから見たことがない__初めて聞いた、彼の怒声だった。彼は、激昂していた。

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