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あの人と関わりたいと思う。
もっとあの人のことを知りたいと思う。
ずっと昔に湧き出た思いが、今更強くなっていく。江戸で皆と関わるようになったからかな。あの人が何を思いどう生きようとしているのか。何を感じ何を背負って生きているのか。知りたくて仕方がない。けれど心の中の私が邪魔をする。あの人の事をもっと知りたくても、どうやって知ればいいのかわからない。関わりたくても、あの人にどう関わるのが正解なのかわからない。また間違えて傷つけるのも傷つくのもしたくない。私は、関わりたいと思っているのにあの人と関わることが怖くてたまらない。
だから結局、私は思うばかりで一歩も前に進めないんだ。
「穂花ちゃーん!野菜が足りないから倉庫から取ってきてくれるー?」
「あ、はーい!どれくらいですか?」
「とりあえず持てる分だけ取ってきてー」
「わかりました!」
あれから昼食も無事終えて夕食の準備に取り掛かっていた。夕食は見廻りの人や任務についている人、外で食べてくる人と様々らしい。今日は簡単にカレーを作ることになったので使う野菜を取りに向かう。籠に持てるだけ野菜を入れて落とさないようにゆっくり歩いていると声が聞こえてきた。
「今日来てるあの子可愛いよなァ」
「なんでも沖田隊長が連れてきたらしいぜあの子」
「えっじゃあ沖田隊長の彼女とか?!」
「いや、万事屋の旦那の女らしい。前あの子がひったくりに遭った時鬼の形相で聞かれたヤツが言ってた」
「万事屋の旦那かー。手ェ出したら殺されそうだな」
そんな話が聞こえて、隠れる必要もないのになんだか私が近くにいることを気付かれたくなくて木の陰に身を隠して通り過ぎるのを息を殺して待った。
隊員さんたちの話していた意味がよくわからなくて通り過ぎてからも木の陰で立ち尽くしていると反対側から総悟くんの呼ぶ声が聞こえた。
「…総悟くん、いたの?」
「屯所の中の警備でさァ」
「ふふ、またサボってるんでしょう。土方さんに怒られるよ」
そう努めて明るく話したつもりだけれど総悟くんには気付かれてしまったようで、木に預けていた体を起こして持っていた野菜の入った籠を私から取ると此方に視線を向けてきた。
なんだろう。その瞳はとても優しい。けれどどこか探るような瞳から視線を外らせない。
「…総悟く、ん?」
「そんなに旦那が好きですかィ」
「え…?」
その言葉に心臓が掴まれたような感覚に襲われた。
「普段のアンタは明るくて人の良い笑顔振りまいて、凛とした雰囲気を持ってる。なのに旦那の事となると人が変わったように悲しげな顔をする。旦那と何があったんでィ」
その問いは今まで皆に言われたどんな言葉よりも核心めいていて私の心に突き刺さった。何があったかなんて、言えるわけがなかった。きっとそのことは総悟くんもわかっているんだろう。わかっているのに、そう私に問いかける総悟くんが何を考えているのかわからなくて何も言えなくなる。
「わた、しは…」
「旦那はアンタが大事だぜ。まあ旦那は認めやしませんが無意識のうちに行動しちまってるんでさァ」
総悟くんにそう言われてひったくりの時のことを思い出した。あれも、きっとあの人にとって理由のつけられない行動だということは私でもわかっていた。理由がなくてもその行動が嬉しくて、それ以上にその事実が苦しくて。だから私はあの人の事となると悲しい顔になってしまうんだろう。
それほど、あの人の事がまだ好きなんだ。
「…っ、」
いろんなことを思い出してしまって思いが雫になって零れ落ちていく。今まで耐えてきたのにこんなことで、こんな所で泣くなんて驚きで言葉も出ない。総悟くんは短く息を吐き出すと私に籠を差し出した。
「やっぱりアンタも旦那も、似た者同士ですねィ」
軽く笑って私にそう言葉を投げて去ってしまった総悟くんの言葉の意味も、その表情の理由も私なんかでは推し量ることはできなかった。
あれから総悟くんは一度も顔を見せなかった。夕食も食堂には来なかったし、何か気に触ることをしてしまったのかな。土方さんも丁度見廻り中だそうで屯所を出る時にも見当たらなかった。
「本当に大丈夫ですか?ご自宅までお送りしますよ」
「いえいえ!そこまでして頂くわけには…まだそんなに暗くないですし、大丈夫です」
近藤さんの申し入れをなんとか回避して屯所を出た。陽は沈み始めているけれど、今はなんだか一人でいたかった。総悟くんが昼間に言っていたことを頭の中で何度も繰り返す。
あの人が、私を大事に思ってくれているわけがない。あんなに酷いことをさせたんだから。ただ昔馴染みの私を放って置けないだけだ。大事に思ってくれているなんて勝手に馬鹿な勘違いをして勝手に傷つくのはもう嫌。三月の夕暮れはまだ寒くて頬を伝う涙が冷気に触れて冷たい。
「オイ、こんな所で何してんだ」
背後から声が聞こえて、何故だかあの人だと思って勢いよく振り返った。
「ひじ、かたさん…」
涙を拭うことを忘れていたから顔を歪ませて泣く私を見て土方さんは驚いていた。今日は泣き顔を見られてばかりだ。こんな顔見られたくないのに涙はさらに溢れて零れ落ちていく。
「えっ、ちょ、な、えええええ…どうした。何かあったのか」
「…なんでもないんです、ごめんなさい」
「なんでもねェってツラじゃねーだろ」
とりあえず家まで送ると言ってくれる土方さんに断りを入れても私がこんな状態だからか聞き入れてくれない。ああ、なんでこんな所で土方さんに会ってしまったんだろう。あの人と似た雰囲気を纏う土方さんを強く突き放せず結局家まで送ってもらう事にして並んで歩く。沈んでいく夕日を見つめて歩いていると少しずつ気持ちが落ち着いていく。
ああ、なんて綺麗な夕日なんだろう。
「土方さん。…どうやったら太陽になれるんでしょうか」
煙を燻らして私の顔を見やる土方さんはやっぱりあの人ではない。似ているけれど、全然違う土方さんは眉間にシワを寄せて私の質問の意図を探っているようだった。
「太陽?人間が太陽なんかになれるわけねーだろ」
「でも、あの人に関わる人達は太陽みたいに輝いてる。燃えるように熱くて、眩しい」
「あの人?」
「あっれー土方くんに穂花ちゃんじゃーん。こんな所で何やってんのォ?」
聞きたいけれど聞きたくなかったあの人の声が後ろから聞こえて振り返ると、少しだけ息を切らした彼が立っていた。
「…さか、たさん…」
「てめーこそこんな所で何やってんだ。随分急いで来たみてェじゃねーか」
「別に急いでねーから。ちょっと夕日を見ながらジョギングしてるだけだから」
額に垂れる汗を着物で拭いながら私たちに近づく彼はなんだか怒っているように見える。どうしてここにいるんだろう。どうして怒っているの?
「坂田さん、どうして…」
「なに。もしかして送って貰ってたわけ?あぁ、新しいボディーガード見つけたってわけか。よかったじゃん」
「はぁ?何わけのわからねーこと言ってんだてめーは」
その深紅色の瞳は苛立ちを宿しているように思えて直視できない。彼の怒りにつられるように土方さんも苛立ち始めていて、早くここから逃げ出したくなる。
「そいつ、曲がりなりにも元キャバ嬢だから。土方くん根こそぎ持って行かれねーようにな。じゃ、邪魔者はけーるわ」
「は?」
「あ…っ、ぎん、」
そのまま私と目を合わすことなく元来た道を歩いて行こうとする彼の背中が、あの日の彼と重なって見えて着流しを掴もうとしたけれど、さっと避けられてしまった。その事実に頭を殴られたような錯覚に陥る。小さくなっていく背中から目を離せずにいたら土方さんがあの人とどういう関係なのか聞いてきた。
私はあの人とどういう関係なんだろう。
「わかりません。私は、どうしていつもあんな顔しかさせられないのか。笑ってほしいのに、皆のようにあの人を明るく照らす太陽になりたいのに、なれない…っ」
もう太陽は地平線の向こうに消えてしまった。やっぱり私には夜がお似合いなのかもしれない。太陽にはなれない。土方さんがライターで火をつける音が聞こえてゆっくりと顔をあげた。
「皆が皆、太陽である必要はねーだろ。太陽もいりゃ月もいる。朝もありゃ夜もある。そういうもんだろ。他人に似せることよりもてめーらしくいることが一番大切なんじゃねーのか」
土方さんのその言葉にはっとした。
私は、ここに来てからあの人に関わる人たちのことを羨ましく思って同じようになりたいと思うばかりで自分を否定し続けていた。それが正しいと思っていた。
それが間違いだったんだ。
「…そうですね。そう、なのかもしれません。きっとそれがいけなかったんだ」
「まぁ、ヤローがあんな態度取ってたのはただの…いや、なんでもねェ」
続く言葉を濁した土方さんは、続きを求める私をのらりくらりとかわし家まで送り届けてくれた。土方さんはどうしてあの人の態度の理由がわかるんだろう。
屯所に戻っていく土方さんをどんなに見つめてもその答えはわからなかった。