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久しぶりに入った万事屋はあまり変わっていなかった。あの人がいい社長椅子だろうと自慢気に話していた椅子も、でかでかと飾られている糖分と書かれた掛け軸もあの頃と何も変わらない。とりあえず急いでたまご粥作ろうと部屋の中を見る余裕もなかったから今更思い出に浸る。本当、懐かしいな。救急箱は確か居間の押入れにあったはずだと押入れを開けてみたら中には布団が敷いてあった。

ああそうか。神楽ちゃんがここに居候しているって言っていたっけ。もしかしてこんな押入れの中で寝ているのかな。

「ふふ、ドラえもんみたい」

台所も歯ブラシや食器の数が以前よりも増えていた。それがあの人がもう独りではないことを教えてくれる。まるであの人に家族が増えたみたいで嬉しくなった。

やっぱり私がいなくてよかったなぁ。




薬がある場所がわからなくて買いに行こうかと思ったけれど、彼はいつ目を覚ますかわからないしどうしたものかと頭を悩ませていたらふと万事屋の下にあるスナックお登勢のことを思い出した。

そういえば、お登勢さんに挨拶も行っていないし行ってみようかな…

音を立てないようにそっと万事屋を出て階段を降りた。スナックお登勢の前には掃き掃除をしている女性がいて、見たことのない人だし話しかけられずにいると私に気付いたその人が声をかけてきてくれた。

「申し訳ございません。まだ開店していないんです」
「あ…違うんです。お登勢さんに用がありまして。いらっしゃいますか?」
「お登勢様ですね、おられますよ。少しお待ちください」

新しい従業員さんかな。すまいるも知っている人は一人もいなかったし、どんどん変わっていくなぁ。少しだけ寂しさを覚えながら入り口で待っているとタバコを咥えたお登勢さんが出てきた。

「なんだいこんな時間に。営業はまだだよ出直してき、な…」
「お、お登勢さんお久しぶりです…」

入り口にもたれ掛かりながら怒鳴りつけようと張っていた声は私を見た途端どんどん尻すぼみしていった。咥えていたタバコは地面に落ちてしまった。そんなお登勢さんに声をかけても、口を開けたきり私を見たまま固まってしまっていた。もっと早く挨拶に来ればよかったと後悔していたら突然目の前が真っ暗になった。

「アンタのこと心配してたんだよ。元気でやってんのかって。銀時はあんなだから何も話しゃしないしねェ」
「あ…、」

そう耳元にお登勢さんの声が響いてやっと抱き締められているのに気がついた。いろんなことで助けてくれていたお登勢さんになんのお礼もしないまま、江戸を出てしまったことをずっと後悔していた。もしかしたら薄情な奴だと怒っているかもしれないと怖くて江戸に戻ってきてからもなかなか来ることができなかった。

ーーなのに、

「いつ帰ってきたんだィ穂花。実家で何かあったのかい?また変なことに巻き込まれてんじゃないだろうねェ」
「…何もないですよ。ただまた江戸に住みたいなって。かぶき町に来たくなっただけです」
「本当だろうね?」

なのに、こんな私にお登勢さんはいつも優しさをくれる。彼にもたくさん助けてもらったけれどお登勢さんにもいろんなものを貰った。それでも私は、暗闇から抜け出すことが出来なかった。太陽の暖かさを知った今だって心配してくれているお登勢さんに本当のことを話せそうにない。思いと言動が比例しない自分が嫌でたまらない。

私今、ちゃんと笑えているのかな。

「…坂田さん、風邪を引いたみたいで…新八くんと神楽ちゃんに看病をお願いされたんです」
「…そうなのかい。馬鹿でも風邪引くんだねェ」
「それでその、風邪薬とかないですか?万事屋には見当たらなくって…」
「ちょっと待ってな」

お登勢さんの捉えるような瞳を誤魔化すように話をすり替えた。お登勢さんは「たま持ってきておあげ」と先ほどの女性に告げてまた私と向き合った。深いため息を吐いてからタバコに火をつけるお登勢さんは、きっと私に聞きたいことがたくさんあるのだろう。勘繰るような表情に、怖気付いてしまった。お登勢さんに問い正されて躱せる気がしなかった。

「五年経ってもアンタ、何も変わらないんだねェ。良い意味でも悪い意味でも。そんな風に生きてたらまたしんどくなっちまうよ」

私にそんな言葉を投げかけたお登勢さんの声はとても優しいけれど、その言葉は優しさから来るものじゃないことはすぐわかった。お登勢さんは呆れているんだ、何も変われていない私に。

「アンタと銀時の間に何があったのか知りゃしないけどね、穂花。もうそろそろ自分のために幸せ考えたっていいんだよ」

そんな愛に溢れた言葉は今の私には棘でしかなかった。すごく嬉しいのに痛くてたまらない。未だに逃げてばかりの私が幸せになっていいの?あの人を笑わすことさえ出来ない私が幸せを考えることなんて出来るわけがない。

「…あの人は随分と雰囲気が変わりましたね」
「そうかい?まぁ、うるさい連中が周りに増えたからねェ」
「私は、あんな風にはできなかったから…すごく羨ましいです」
「今からでもできるだろーさ。遅いことなんて何もないんだよ」

私もそんな風に考えられたらいいのに。今からでも遅くないって。知りたいなら知ろうとすればいいって。けれど、今のあの人がとても素敵に見えるから、このままでいいと思っている自分もいる。だから私は今日みたいに何かがなければ行動すら起こせないんだ。

「私、いろんな選択を間違えてばかりですけど…あの時あの人から離れたことだけは正しかったって今の銀時さんを見ていると思うんです」



そう笑いながら言った私にお登勢さんは何度目かのため息をタバコの煙と共に吐き切った後、何も言わずに風邪薬を渡してくれた。