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万事屋に戻ると襖が開く音が聞こえた。居間に向かうとフラフラとおぼつかない足でこちらに向かってくる彼がいた。

「あ…だ、大丈夫?」
「おっまえまだいたんかいィィ!風邪移るだろーが!オラ、さっさと帰りげほっ、ごほっ」

私にそう怒鳴りつける途中で倒れ込んだ彼の背中をゆっくりと撫でる。先ほどより熱が上がっているのか咳は重たく触れた背中はとても熱かった。こんなことがなければ行動を起こせないかもしれない。次会う時はきっと今のようには触れられない。

でも、今日だけでもいい。

「…銀時さん、今日だけ。今日だけでいいから、お願い」
「…風邪移っても知らねーからな」

その言葉に安堵して自分の肩に腕を回して支えながら歩く。横目で見た彼は辛そうに呼吸をしていて、それが余計に離れ難くさせる。布団まで連れて行き急いで台所まで水を取りに行った。激しく咳き込んでいる彼にコップを差し出した後先ほど作ったたまご粥の乗ったお盆を持ち上げた。

「お粥、温めてくるけど食べられそう?」
「…ちょっとだけ貰うわ。全部は食えそうにねーや」
「うん、わかった」

今だけかもしれないけれど、受け入れてもらえたことが嬉しかった。本当は帰ってほしいと思っているかもしれない。だけど体が弱っている時くらいはそばにいたい。

土鍋を軽く火にかけて温め直し一杯分だけお茶碗によそった。台所を出たらソファに寝転ぶ彼の姿が見えた。

「ちゃんと布団で寝てなきゃダメだよ。熱、結構高いのに…」
「これくらい大丈夫だよお母さん」
「ふふ、お母さんっぽかった?」

冗談を言うくらいの余裕はあるのだと安心してお茶碗を目の前に置いて薬を飲む用に水を入れ直しに行って戻ってきてもまだ箸を進めずお茶碗をじっと見つめたままだった。熱はかなり高いはずだし、無理に食べようとしてくれていたのかもしれない。この人はいつも私に優しい嘘をついてくれていたから。

「やっぱり、食べられそうにない?無理しないでね」

未だにお茶碗に視線を落としたままの彼にそう声をかけると、ゆっくりと顔を此方に向けた。その瞳はゆらゆらと揺れていて、昔を思い出させた。

「いや、ちげーよ。お前の料理食うの久しぶりだと思ってただけだ」

ーー本当に?

そんな風に問いかけることはできなかった。なんだかとても苦しそう顔に見えたから、私はまた何か間違ってしまったと落ち込んだ。

「…そっか。そうだね、久しぶりだね」
「お前がお妙みたいにダークマター製造マシーンじゃなくてよかったよホント」
「お妙ちゃんでも苦手なこととかあるんだね。なんでも出来そう」

そうかァ?と間延びした声を出した後やっと食べ始めてくれた。その事に安心して机の上にお水の入ったコップと風邪薬を置いた。無理している様子はないから、本当に言っていた通り懐かしんでくれていただけなのかも。

「ごちそーさん」

ぼーっとしていたらいつの間にか食べ終わった彼がソファから立ち上がろうとしていた。薬は…と言いかける前にもう飲んだよお母さんと少し笑いながら言われた。

「じゃーもうちょっと寝るわ、俺」
「あ、うん…。わかった」

「……なに。そーんなに俺のこと見つめてェ。穂花ちゃんも一緒に寝る?」

襖に手をかけてくるりと此方を振り返った彼にそう言われて初めて彼のことをずっと目で追っていたことに気がついた。

「えっ、あっ、えっとその、」
「バッカ嘘に決まってんだろーが。移るからあんま部屋には入んなよ」

意地悪そうに笑う彼の顔が出会った頃のことを思い出させた。あの頃はよくそうやって私のこと揶揄っては笑っていたな。今日だけなんだろうけどなんだかとても嬉しくて、皆のようにあの人と関われた気がして泣きたくなった。

「銀時さん、」

こんなことで、私の思いは簡単に新たな色を付けていく。本当に単純だなぁ。





あれから彼はずっと部屋から出てこない。鍵も持っていない私は出かけるわけにもいかなくて、台所に溜まった洗い物や風呂掃除や煩くならない程度に部屋の掃除を済ませた。気がつけば窓の外はオレンジ一色になっていた。突然玄関が開く音が聞こえて玄関の方を覗き見ると、昼間神楽ちゃん達と出かけた定春だった。

「定春、どうしたの?」
「わん!」
「心配して帰ってきてくれたの?」
「わん!」

何を言っているかはわからないけれど、そうだと言ってくれている気がして擦り寄ってきた定春のフワフワとした体を撫でた。なんだかあの人の髪によく似ていて顔が綻んだ。


定春の晩ご飯を準備して、彼が食べ残したたまご粥を食べ終えた。することがなくなって手持ち無沙汰になってしまったなぁと物思いにふけっているとふと取り込まれた洗濯物があの人の部屋に置いてあったのを思い出して静かに襖を開けて中を覗いた。彼は静かに寝息を立ててよく眠っているようだった。薬が効いているのか先ほどよりは辛くなさそうだ。起きないうちに早く部屋から出ようと洗濯物が置いてあった方に視線を動かすと先ほどまではなかった布団が畳まれた状態で置いてあった。

泊まっていってもいいと言うことなんだろうか。あんなに帰れと言っていたのに、布団までわざわざ出してくれて、でもその事を私に直接言わない彼の不器用な優しさが心に沁みる。布団も一緒に持っていこうと思ったけれど起こしてしまうかもしれないから彼がまた起きた時にでも取りに行くことにしてひとまず洗濯物だけ持って寝室を出た。


だんだん暗くなってきた窓の外を見つめながらソファに腰掛けて洗濯物を畳んでいく。そこには何度も目にした彼の服ももちろんあって真っ白な着流しを手に取った。裾の方に取れきれなかったであろう血が薄っすらとついていて今あの人が立っている場所に少しだけ私も立てた気がした。それでもあの人と私の五年間は簡単には埋まらない。私が江戸を出てから彼がどんな毎日を送り、どうやって神楽ちゃんたちと出会い、今を生きているのかを、あんなに酷いことをしてしまった私なんかが知っていいわけがない。

どうしてあんな風に笑ってくれるの?

どうしてこんな私に昔向けてくれた笑顔をまた見せてくれたんだろう。今日だけだと言ったから?明日からはもう関わらなくて済むから?着流しをぎゅっと抱き締めると昔感じた温もりや想いまで蘇ってきてなんだかとても安心した。けれど、それと同時に自分に対する嫌悪感でいっぱいになって涙が溢れて着流しに流れ落ち、染み込んでいく。

「あ…っ、」

必死に涙を止めようと瞼を擦っても一度溢れてしまったものは簡単には止まらない。零れ落ちていく涙を拭っていると眠っていた定春が寄ってきてくれた。

「くぅ〜ん…」
「ごめんね、心配かけちゃったね」

着流しと同じ真っ白な体に抱き着いたらもっと思いが溢れてきてしまった。きっとあの人はまだ起きてこないだろうしいっそのこと枯れるまで泣いてしまおう。そうすればきっと、また何事もなかったように振る舞える。

「…っふ、ぎん、ときさん…っ」




泣き疲れてしまった私は、定春の温もりをあの人と重ね合わせながら夢の世界に落ちていった。