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この世界に来て最初に私を迎えてくれたのは大きく聳え立つビルだった。先程までカラッと晴れた青空の下、歌舞伎町を歩いていただけなのに、何故だかふと見上げた太陽に目が眩んで次に目を開けた時には辺りは全く知らない場所になっていた。あんなビル、私は知らない。

「ここ…どこ…」

私を横切る人々は着物を着ていたり洋服だったりちょんまげ頭だったり見たこともない生物だったりと様々だった。それだけでここが私がいた日本ではないとわかった。

なんで?どういうことなの?

とりあえずここが何処なのか把握したくて街中をひたすら歩き回った。まるで教科書で見た江戸時代のような建物もあれば、現代を思わせるようなものもある。空を仰ぎ見ると飛行機でも飛行船でもないような飛行物体が飛んでいる。

ああ、本当に知らない所に来てしまったんだと確信した。どうしてこんなことになったんだろう。帰りたい。誰も知らないこの土地で私は独りなんだ。夢だと思いたくてもう一度辺りを見回してみてもあるのは私のいた世界ではあまり見かけなくなった木造の建物ばかり。ふと万事屋銀ちゃんと書かれた大きな看板が目についた。今まで生きていて見たことのない看板が余計に心を抉ってくる。そこの住人だと思われる人の姿を見た瞬間私は走り出していた。



「はぁ…っ、は、……ぅっ、」

嫌だ。独りは嫌だ。みんなに会いたい。こんな所にいたくない。お願い、夢なら早く醒めて。私を元いた場所に戻して。

どんなに空を見上げて祈っても何も変わらない。絶望感でいっぱいになって、涙が何かと一緒に静かに零れ落ちていく。どうやって生きていけばいいの。どうすればいいの。だんだん立っていられなくなってその場に蹲み込んだ。私の横を通り過ぎていく人の好奇な目を気にする余裕すら今の私にはなかった。

持っているのは財布と携帯が入った小さな鞄だけ。お金だって使えるどうかさえわからない。住む所だって勿論ない。野垂れ死ぬのをただ待つことしか出来ないの?まだまだやりたいことがあった。入りたかった大学に受かって、いろんなことを勉強して、いつか就職して働いて結婚して平凡でも充実した毎日を送るはずだった。なのに、どうしてこんなことになっているの?

ーーそれでも、

生きなきゃ。なんとかして帰れるまで生きなきゃ。こんな知らない所で誰にも知られず死ぬなんて嫌だ。勢いよく立ち上がると目の前に求人のチラシが貼ってあって、藁にもすがる思いで剥ぎ取り書かれている地図を頼りにその場所に向かった。



「そうかい。家を飛び出したはいいけど着いて早々ひったくりに遭っちまうなんてなァ。よし、わかった!明日からここで働いてくれ!アンタみたいな別嬪ならすぐ客も付くだろうさ!」
「あ、ありがとうございます…!」

嘘をつくなんて心苦しかったけれど、背に腹には変えられない。とにかく生きる為に必死だった。何もせずにただ放浪できる程私は強くない。一人でいることにも耐えられそうになかった。店長はとてもいい人で私が咄嗟についた嘘を自分のことのように悲しんでくれて余計に申し訳なくなった。

「住む所も、俺が持ってる別宅があるから金が貯まるまではそこを使いな。ほとんど使ってないからその方が俺も助かるよ」
「本当にありがとうございます…っ」

お金が貯まって引っ越さなければ行けなくなる前に帰れたらいいのにな。


それからすまいるでキャバ嬢として働くことになった。いろんな人の話からここは江戸のかぶき町らしいことがわかった。この街の人たちは優しい。すまいるの店長は入ったばかりの私のことをとても気にかけてくれるし、一緒に働くことになった先輩たちも私が早く慣れるようにいろんなことを教えてくれる。本当に有難いし世の中捨てたもんじゃないなと日々感じる。でも、ネオンで煌めくかぶき町とその少し離れた場所に佇むターミナルが、私に毎日突きつけてくる。


この世界でお前は独りだと。


それが本当に辛かった。寂しくて苦しかった。早く自分のいた場所に帰りたくて仕方がなかった。でも、一週間、二週間と月日は非情にも過ぎ去っていく。どうすれば元いた世界に戻れるのか考えるのは三週間目にやめた。帰りたい気持ちとは裏腹にだんだんこの世界での生活や仕事に慣れ始めた頃、銀色の髪を持つ人がすまいるに来店した。咲さんのヘルプとして同じ席につかせてもらうと銀色の髪さんは私の顔をやる気のなさそうな目でじっと見つめてから口を開いた。


「アンタ初めて見る顔だな。新人さん?」
「あ、はい。穂花と申します」
「私が可愛がってる子だから銀さん手ェ出しちゃダメよ!」
「手なんか出すかよ俺のことどう見えてんだよ!」
「銀さんこういう子好きそうじゃん」
「好きだけど!積極的な女よりこういうふわっとした女のが好きだけど!」

おかわり下さい!とだらけた瞳をしながら言われて少し笑ってしまった。慣れない手付きで"銀さん"の好きなお酒を作っていると何か視線を感じて顔を上げて見てみたらにやけた顔で此方をじっと見ていた。なんだろうと考えていたら質問する前に話し出した。

「いいねーそのなんか初々しい感じ。ここの奴ら凶暴で話聞かねェ奴らばっかだからよォ…どう思う?ボブ頭ちゃん」
「あ、あの…穂花です…」
「あーはいはい。穂花ちゃんね。忘れてたわけじゃないから。ちゃんと覚えてるから。なんかアレだな、穂花ちゃんなんかホラ、ドMそうですよね」
「ドMそう…ですか、」
「そうそう。俺ドSだから相性いいんじゃね?試してみますか?いっぺんレッツファイトしてみる?」
「えっ、えっと、その、あの、」

ぐいぐいと近寄ってくる"銀さん"のその瞳に飲み込まれそうになっていると黒服さんに呼ばれて少し席を外していた咲さんがドンペリの瓶を持って走ってきてくれた。

「もー!!銀さん!穂花で遊ばないでよ!ピュアなんだから!」
「ちょっとォォ!!瓶で人殴っちゃダメでしょーが!銀さん死んじゃう!!」

穂花大丈夫?何もされてない?と私を抱き締めて心配してくれる咲さんの優しさは、いつも痛いほど感じている。本当に素敵な人だなぁ。キャバ嬢の世界ってもっとドロドロしているものだと思っていたけどそんなことないんだなぁ。でも、こんな素敵な人達ばかりだから、暗闇を知られてはいけない。周りに合わせて私も明るく振る舞わらければいけない。

「穂花、絶対銀さんにはついて行っちゃダメよ。食われるから」
「え?あ、はい。…気をつけます」
「ほらァァァ!!!!そういう奴って思われてんじゃん!おめーの所為で勘違いされてんじゃん!」
「あっはは!冗談じゃん!ごめんって。ホラ、ドンペリ」
「ドンペリなんて頼んでませんけどォ?!」

そう叫んでドンペリを取り上げようとしたけれど咲さんの手によって開けられてしまったドンペリをヤケ酒のように浴びるほど飲んだ"銀さん"がフラフラになりながら帰った後、化粧直しに行こうと咲さんに誘われて入った控え室であの人はどんな人なのか聞いた。

フルネームは坂田銀時。かぶき町で何でも屋をしていて、万年金欠、ほとんどの店でツケで飲み歩いていて、パチンコ好きで女好き、自堕落な人。でも、困っている人がいたらその身を賭して助けてくれる頼もしい人。私も助けてもらったことあるし、憎めないのよねと言いながらさーもう一踏ん張り稼いでくるかァとフロアに消えていった。


確かに今日もツケで帰っていった。お金がないのに飲むなんてよっぽどお酒が好きなんだろうな。それと、咲さんとすごく楽しそうに飲んでいた。咲さんはあんな風に憎まれ口を叩いていたけど咲さん以外の人たちも銀さん銀さんと彼の名前を呼び親しまれていた。

きっと誰からも好かれる、そんな素敵な人なんだろう、坂田銀時という人は。初めて会った私とも気兼ねなく話してくれた。すごく明るくて眩しい太陽みたいな人だった。でも、その紅く光る瞳の奥にはゆらゆらと静かに揺れる寂しさが見えた。



私はその寂しさを秘めた瞳に、惹かれた。