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あの日以来、坂田さんには会っていない。正確に言えばすまいるに何度か来ていて見かけてはいるけど、話をしていない。今までは誰も指名しなかったのに、咲さんや他の先輩たちをわざわざ指名して飲みに来ている。指名の少ない私が対応することが多かったから、私にならないように指名しているのかな。

そっか、私避けられているのか。

楽しそうな声が、奥のテーブルから聞こえてくる。私と話している時にはあまり聞いたことがない坂田さんの笑い声を聞きながらあれからよく来てくれるようになった和田さんと話をする、そんな日々が続いている。




数週間経って、ひとつ気付いたことがある。誰かに見られているような気がする。家やすまいるで働いている時には感じないけれど、外を歩いていると常に誰かの視線を感じる。複数だったり、そうじゃなかったり様々な視線。その度に辺りを見渡してみるけれどそれらしい人は見当たらない。気のせいかとまた歩き出すとまた舐めるような視線が私に向けられているように感じてしまう。

ーーなんだろう。

正体のわからないそれに心が恐怖で支配されそうになりながらも勘違いだと自分を誤魔化しているけれど、また変なことに巻き込まれるんじゃないかと怯えていた。でも前みたいに何かされるわけでもその視線が近づいてくるわけでもなくて、それが余計に恐怖心を掻き立てる。そんな事が何日も続いていて、初めの頃は家にいる時も感じることのなかった視線が最近では家でも感じるようになって気が滅入っていた。

「穂花、アンタ最近元気ないんじゃない?」
「咲さん…」
「大丈夫?何かあった?」
「あの、あれからよく和田さんが来てくれるようになったので頑張ろうって気を張りすぎてしまって、それで…」
「あぁー、あの人ね。穂花にご執心の」
「すごく良くしてくれるので、嬉しいんですけどなんだか申し訳なくって」
「ジャンジャン使わせてやったらいいのよ。ていうかあぁいう金持ちはお金使いたいの」

だから気にしないの。そう言って私の頭を優しく撫でる咲さんの手は暖かくて、坂田さんに似ているななんて、そんな言葉が頭に浮かんだ。

ああ、
私、坂田さんのことばかり考えてるな。

溺れないようにって、あれは勘違いだって、思っていたはずなのに。今更、後悔の渦に飲まれそうになる。いつまで経っても顔を上げない私を心配して、咲さんが私の名前を呼んだ。

「咲さんに頭撫でられるの、嬉しくて…」
「もー!!ほんっとかわいい!!!」

嘘をつくことも取り繕うことも、だいぶ慣れた。きっと誰も私の心には気付かないはず。距離が縮まったと勘違いして、傷付くくらいなら自分で線引きをしてしまえばいい。




休日の昼間、スーパーに食材を買いに行った帰り道にいつもみたいに舐めるような視線を感じた。今日も一定の距離を置いて私の後をゆっくりとついてくる。いやだな。ストーカーなんてされたことがないからどう対処していいのかわからない。まだ日も高いし大丈夫だろうけど、念のために人通りの多い道を通って帰ろうと商店街の中に入った。辺りを注意しながら足早に進んでいる途中、万事屋の前を通り過ぎようとして足を止めた。

坂田さんなら、なんとかしてくれるかな。

避けられているとわかっているのに、恋人がいる人に深く関わるべきじゃないのに、線引きをしようと決めたばかりなのに、困った時に思い浮かぶのはいつも坂田さんで。あの人なら助けてくれるんじゃないかとか、何かあったら言えと言われたしとか、自分の行動に適当に理由をつけて二階に繋がる階段をゆっくりと登っていく。もう少しで頂上に辿り着く所で、玄関から声が聞こえてきた。

「銀さんそれじゃあ私帰るねー。またいつでも呼んでよ」
「おー気ィつけてけーれよ」

女性と坂田さんの話し声が聞こえた後、足音がこちらに向かっているのがわかった。でも隠れる所は何処にもなくて慌てふためいている間に女性と鉢合わせしてしまった。

「?銀さんに用?今からお風呂入るって言ってたから出てこないかもよー」
「あ…そう、ですか。教えて下さってありがとうございます…」

私にそう言って笑いかけると女性はそのまま帰ってしまった。あれ、今の人この前坂田さんと一緒にいた人じゃなかった。依頼の人、なのかな。でもなんだかそんな雰囲気じゃない気がする。なら一体、あの女性は誰だと言うんだと自問自答しながら登っていた階段をゆっくりと降りた。

「おや?アンタは…」
「ぁ…お登勢さん、」

階段を降りきって、暫く万事屋の看板を見上げていると目の前の扉が横に滑りお登勢さんが出てきた。こんな所に立ち止まっている私を見て「銀時に用かい?」と聞いてきた。

「い、いえいえ!たまたま通りかかっただけなんです」
「アイツなら家にいるんじゃないかい?」
「ほ、本当に違いますから…」

あまりここに長居すると坂田さんが出てくるかもしれない。会いに来たのは自分だけれど坂田さんに会わないようにお登勢さんとの会話を早々に切り上げて帰ろうとすると引きとめられてしまった。お登勢さんの見透かすような視線が怖い。


「今日暇かい?」
「すまいるはお休みなので暇ですが…」
「手伝ってくれないかい?」
「え…?」



線引きしようって、決めたのになぁ。