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朝の陽射しはいつだって暖かい。苦しいほどの夜なんてまるでなかったかのように優しく輝き、私の心を癒してくれる。その光が、消そうとしていた想いを引っ張り上げて背中をそっと押してくる。
駄目だよ。これは、この想いは、奥底に秘めていたいの。私は、あの人の側にいてはいけない人間だから。でも、それなら、
それなら、どうして私は江戸に戻ってきてしまったんだろう。
「いらっしゃいませ!…あ、あなたは」
「あーアンタ、ひったくり被害者さんじゃないですかィ」
「被害者さんって…そうですけど…水城穂花と申します」
お店の入口が開いてテーブルを拭いていた手を止めてそちらに向かって声を張った。そこにいた人は財布をひったくられた時に犯人を捕まえてくれた真選組の隊員さんだった。カウンターに案内してお冷とメニューを置いて、お礼を言った。
「えっと、総悟、さん?この間はありがとうございました」
「総悟でいいでさァ。あの後土方のヤローに何かされやせんでしたかィ」
「じゃあ、総悟くん。家まで送ってくれましたよ。土方さんにもお礼言ってて頂けませんか?」
「なんでィ。つまんねーな」
あの時は夜だったからわからなかったけれど目の前でお冷をちまちまと飲みながら悪態付くこの青年は私よりずっと若く見える。こんなに若いのに警察として江戸を護っているなんてすごいなぁ。あんみつを注文されて親父さんにオーダーを通して出来上がるのを待ちながら店内の紙ナフキンや爪楊枝を補充していると視線を感じてそちらに体を向けた。総悟くんがチョイチョイと手を動かしていて私のことを呼んでいるようだった。ちょうど今は時間的にお客さんは他にいなかったので総悟くんの座る席まで向かう。
「どうかしました?」
「穂花さん、チャイナと知り合いなんですかィ」
「チャイナ…?」
チャイナって一体誰のことだろう。そんな名前の知り合いはいなくて思索していると一人だけ思い当たる人物がいてあっと声を上げてしまった。
「もしかして神楽ちゃんですか?」
「あーそうそう。この前一緒に歩いてる所を見たんでさァ」
「江戸に帰ってきてすぐに知り合ったんです。総悟くんも知り合いだったんですね」
「知り合いじゃねーよ。あんなクソガキ。じゃあ万事屋の旦那とも知り合いですかィ?」
万事屋の旦那。
やっぱり真選組の人たちもあの人と知り合いだった。不思議だなぁと思う。あの人とはあれ以来一度も会っていないというのに触れ合う人達はみんな彼と関わりのある人ばかりだ。
「坂田さんとは…昔江戸にいた頃からの知り合いなんです。よくお世話になっていて」
「あァ、だから穂花さんが屯所を出た後旦那が来たんですねィ」
「え……?どういう、ことですか?」
総悟くんの話によると私が土方さんと屯所を出た後、すれ違いであの人が来たらしい。真選組の人に私のことを掴みかかるように聞いていたところを総悟くんが見つけて事情を説明したと教えてくれた。でも総悟くんが話す前から私がひったくりにあったことは知っていたみたいだった。どこで聞いたんだろう。どうして屯所に来てくれたんだろう。あの日から一度も会いになんて来てくれなかったのに。
「旦那よっぽど穂花さんの事が大事なんですねェ。すげー剣幕でしたぜ」
「きっと、私がいつもドジばかりだったから…」
嬉しいのか苦しいのか自分でもわからない感情に支配されていると親父さんがあんみつを持ってカウンターにやってきた。なんだかすごく顔がにやけている気がする。
「万事屋の旦那って銀さんだろ?その日店に来たんだよォ。穂花ちゃんのこと聞かれてな、ひったくりのこと教えたら飛んでっちまったよ。知り合いだったんだな〜穂花ちゃん」
「へぇ〜飛んできたのかァ旦那。そいつァいいこと聞いた」
背筋がぞわりとして、嫌な予感がした。総悟くんの楽しそうな顔はあの人がたまに見せた意地の悪い顔にそっくりだった。きっと同じような人種なんだろうな。じゃあ何を言ってもきっと止められないなと半ば諦めながら会話を続けることにした。
「坂田さん、すごく心配性だから…本当によくいろんなことに巻き込まれていたからそれで心配してくれたんだと思いますよ」
「でも俺ァあんな顔した旦那初めて見やしたけどねィ。どうなんですかィ穂花さん」
どうなんですか、なんて答えられるわけがない。あの人がどんな顔をしていたのか私にはわからない。どうしてわざわざ屯所まで行ってくれたのかもわからない。あの時拒絶したのにどうして再びこの手を掴もうとするの。
あんみつを堪能しながら私の返答を待つ総悟くんは、きっと私が何か核心めいたことを話すとは思っていないんだろう。この前のお妙ちゃんや神楽ちゃんの瞳とは全然違っていた。私とあの人がどんな関係なのか純粋に気になっているんじゃなくて、揶揄う為の手段として知りたがっているようなそんな感じ。きっと根っこの部分はまだまだ子供なんだろうなぁ。
「そんな顔をあなたに見せたのなら…総悟くんのことをすごく信頼しているんですね」
この前の女子会の時もそうだったけれど、私はいつもこうやって逃げてばかりだな。逃げていることには気付いていてもあの人とのことを話す気には到底なれなくて笑って誤魔化すことしかできない。
「そういうんじゃねーと思いやすがねェ…」
総悟くんは人の悪い笑みを浮かべてお代をテーブルに置き席を立つ。何か思い当たる節があるのかな。出口に向かって進んでいく総悟くんの後ろをついて行き、ありがとうございましたと一礼した。
「これからまた仕事ですか?」
「まぁ今も仕事なんですがねェ。サボりでさァ」
「ふふ、サボりってはっきり言うんですね」
「旦那は人生サボってるみたいですがねィ」
今のあの人はわからないけれど、きっと今も昔もさして変わらないのはみんなの話を聞くだけでなんとなくわかる。今でも自堕落に、適当に、毎日を過ごしているんだろう。人生サボってるってあの人にぴったりな言葉だなぁ。
二言三言話をした後、仕事に戻る総悟くんを見送ってからゆっくりと戸を閉めた。
総悟くんが使っていた席を片付けながら先程の話を頭の中で何回も巻き戻していた。何度思い返してみてもさっぱり理解ができなかった。もう会いに来ることなんてないと思っていたのに、どうして会いに来てくれたんだろう。私が事件に巻き込まれたことを知って、わざわざ屯所に行ってくれたのはどうしてなんだろう。
「銀時さん、」
ぽそりと自分にしか聞こえない程の小さな声でひとりごちた。名前を呼んでみても涙が溢れそうになっただけであの人が何を考えているのかはわからなかった。