10. 彼女の意外な一面


「さかえぐちー!」

今日の昼飯の焼きそばパンを頬張っている時、誰かに呼ばれた気がした。
隣の巣山を見ると巣山は首を横に振った後、教室のドアのほうを指差した。視線をやって、ぎょっとした。

「な、何で!?」

そこには俺と巣山を除く野球部八人がいた。田島は俺たちに向かって大きく手を振っていて、水谷と泉は興味深そうに教室内を見渡していた。(後ろでは花井がそんな彼らを呆れた目で見ていた。)クラスの奴らは皆、驚いている。
俺は巣山と一緒に彼らがいる所へ向かった。

「どうしたんだよ、皆して」
「栄口の応援しにきた!」
「そうそう!」

田島の言葉に水谷が肯定する。その隣で三橋が顔を赤くさせながら何度も頷いた。
彼らの行動にまた涙腺が緩みそうになるのを堪える。


「なあ、ところで名字名前ってどいつ?」

何気なく泉が訊ねた途端、教室内が騒がしくなった。
俺も、訊ねた泉も何事かとキョロキョロと首を動かす。

「何だ?」
「さあ…?あ、でも名字さんはいないみたい」
「まじ?見てみたかったのに」

肩を落とす泉に俺は苦笑する。
もしかして、皆名字さん見たさに来たのだろうか。そんな事を考えて落ち込んでいると、不意に水谷があーっ、と声を上げた。

「そうだそうだ。俺のクラスの奴が言ってたんだけどね、名字さんって都内の私立出身なんだって」
「どこ?」
「ほら、あそこだよ。中高一貫の」
「え、あそこって偏差値すっごく高くない?全国から学生が集まってんでしょ?」

皆が口々に言っている中、俺は呆然としていた。
名字さんってそんなにすごい人だったんだ。彼女の事を人より知っていると思っていたけれど、実際知っているのはほんの一部で、何だか悔しかった。

「なあ、それって誰から聞いたの?」
「入学式の時、新入生代表の言葉言ってた奴。ね、花井」
「俺に話振んなよ」

水谷は花井を見て首を傾げ、それに対して花井は呆れたように言う。

「実はそいつは次席で、ほんとは名字さんが言うはずだったんだって」
「じゃあ名字さんが首席って事?すごいね」
「でもさ、何で名字は西浦来たの?あそこって中高一貫だろ?」
「うん、そうだよね。何でだろ…?」

皆、黙って考え始める。俺も名字さんが西浦に来た理由を考える。
彼女の以前いた学校は特に問題がなければ進級できる学校で、しかも高校は基本的に中学から持ち上がり。高校から入ってくる人ももちろんいるけれど、持ち上がり組とはクラスは違うし、何よりレベルが違う。
そんな学校から西浦に来たって事は相当な理由があったんだろうなと思う。…見当もつかないけれど。


暫く黙ったままでいると予鈴が鳴った。時計を見ると授業開始五分前。次の授業は音楽。

「次、俺ら移動教室だよな?」
「あ、そうだった。皆今日は来てくれてありがと」

巣山に声をかけられ、はっとする。礼を言うと皆はまた来ると言い残してそれぞれのクラスに戻っていった。俺も次の授業の用意を持って教室を出る。

音楽室へ向かう途中で、屋上へと続く階段を下ってきた女子とすれ違った。いつか屋上で昼飯食べてみたいな、と思いながらその場を後にした。


090801


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