11. ずれていく日常


いつもなら昼休みに本を読んでいる彼女が、最近では教室にいないことが多い。珍しい、というより何だか変な感じがした。

今、名字さんの席を数名の女子が囲っている。皆楽しそうに笑っているのに対して、彼女は僅かに顔をしかめている。その光景に違和感を覚え、俺は彼女の方をじっと見ていた。
暫くすると、女子たちは彼女に別れを告げて教室から出ていった。彼女は頷いて、去っていく女子たちを見ていた。女子たちの姿が見えなくなると彼女は席を立ち、同様に教室を出ていく。
俺は慌てて彼女を追いかけた。


「名字さん…!」

一組から離れた屋上へ続く階段の手前。名前を呼ぶと、前を歩いていた名字さんは驚いたように振り向いた。

「栄口くん…」
「どこ行くの?」

訊ねると彼女は戸惑った様子でちょっとね、と呟いた。それっきり俺も彼女も黙る。彼女は俺を見ない。彼女が俯いているため、俺も彼女の表情が見えない。

何か話題はないかと思考を巡らしていると、ふと思い出す。
水谷から聞いた、彼女についての話題。

「名字さんって頭良いんだね」

そう言うと彼女はばっ、と顔を上げてそれを歪める。何で、とすこしばかり掠れた声で呟いた。

「え、あ、名字さんは中学は都内の私立に通ってたって知り合いから聞いて…」
「……」
「あそこって偏差値高いんだよね?だから名字さんってすごいなあって」
「…そっか」

彼女は視線を俺から外して俯いた。

「俺、気になってた事があるんだけど、良いかな?」
「…うん」
「名字さんはさ、何で西浦に来たの?」

そう訊ねた瞬間、彼女の肩が揺れた気がした。彼女は顔を上げない。


「ごめん、」

俯いたまま震える声でそれだけ呟いて、彼女は踵を返して階段を上っていく。
俺はその姿を呆然と見ることしかできなかった。

初めて聞いたごめん、という言葉。それは彼女が俺を拒絶するものだった。


090803


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