13. ガラスの靴を持って


「栄口、」

授業が全て終わり、部活に行こうと帰りの準備していると巣山が俺の席に寄ってきた。

「何?」
「…さっき名字が屋上の階段を上ってたんだけど、」
「…それがどうしたの?」

そう訊ねると巣山の表情が僅かに険しくなった。声を低くして巣山は続ける。

「名字がつるみそうにない、他クラスの女子と一緒にいたんだよ」
「……」
「あいつ、暗い顔してたぞ」

巣山の真剣な眼差しに目を逸らす。不意に彼女に拒絶されたことと昼休みのことが頭の中に浮かんだ。何も言えずに、ぐっ、と手に力を入れる。
巣山も俺も黙ったままだった。


「行ってやれよ」

前方からため息と同時に聞こえた言葉。
はっとして前を見ると、巣山はその言葉をもう一度繰り返した。

「あんな暗い顔してたんだから、名字にとって良いことじゃないと思う」
「…うん」
「行ってやれよ、あいつが好きなんだろ?」


三度目のその言葉に背を押され俺は走り出した。廊下は走るななんてことを気にせず駆け抜ける。

屋上への階段を上り、ドアの前で息をつく。開けようとドアノブに手をかけた所で動きを止めた。ドアの向こうから微かに話し声が聞こえる。


「ムカつく」

甲高い女子の声。他にも違う声が聞こえたけれど、その中に名字さんのものはなかった。もしかしたら彼女はここにいないかもしれない。そう、願いたい。
俺は息を潜めて様子を見る。

「田島と同小だか何だか知らないけど、田島と仲良く話とかしちゃってさ」
「ちょっと頭が良いからって、調子乗んないでくれる?」

どんどん激しくなる言葉。
田島、という名前に名字さんが思い浮かんだけれどそれを慌てて消す。田島が話に出てきたということは、多分九組の人たちだろう。
盗み聞きは悪いなあ、と思いながらも女子たちは話を続ける。

「あんた、会田と付き合ってんでしょ?」
「もう別れたんじゃなかったんだっけ?この前違う女子と帰ってんの見たよ」
「まじ?じゃあ次は田島ってことか」
「え、栄口くんじゃないの?」

自分の名前が急に出てきたことに驚く。思わず女子たちの話に耳を傾けた。

「栄口くんと喋ってるのよく見かけるよ。他の人とはあんまり喋らないのに」
「ふーん、栄口にはいい子ぶってるってこと?」
「そうなんじゃない?」

どろどろとした会話はまだ続く。この場から今すぐ離れたくなったけれど、自分の名前が話に出ているため気になって離れられない。
部活は完全に遅刻、モモカンにどう言い訳をしようか頭を悩ます。


「…違う!」


不意に聞き慣れた声がした。凛としたはりのある、名字さんの声。
気づいたらドアを開けていて、五人の女子と彼女が驚いた顔をして俺を見ていた。その中には昼休みに告白してきた女子がいた。

「栄口、くん…」

その女子は俺の名前を呟き、涙目になりながら屋上から去っていく。他の女子たちも俺を一瞥し、ばつが悪そうに後に続く。
彼女はまだ驚いた表情のまま、何で、と震える声で訊ねる。

「名字さん、」

俺は彼女に近づき、その華奢な体を抱きしめた。
一瞬、肩が揺れた。

「大丈夫だから」

抱きしめる力を強めると、彼女は顔を歪めて嗚咽をもらし始めた。


090808


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