14. むかしばなし
「私、お父さんとお母さんが大好きだったの」
だいぶ落ち着いてきた頃、名字さんはぽつりぽつりと話し始めた。
抱きしめていた手を解く。屋上の床に座り、空を真っ直ぐ見る彼女。
「お父さんとお母さんを喜ばせたくてたくさんのこと頑張ってきた」
懐かしむように目を細めて、続ける。
「中学もね、お金すごくかかるからって思ってたんだけど…、喜んでくれるならって猛勉強したんだ」
でも、と彼女は言葉を濁し、視線を下にやって顔を歪めた。
「中三の時に、お父さんは交通事故に遭って死んでしまった」
「…え、」
「お母さんも働いていたんだけど、それでもあの学校に通い続けるにはお金が足りなかったの」
「…お母さんは今どうしてるの?」
そう訊ねると、彼女は寂しそうに微笑んだ。
「海外で働いてる。でも、電話とか手紙とか全然来ない」
あっちの仕事忙しいみたいだから我が侭とか言いたくないの。
そう言って彼女は目を伏せた。涙こそ出なかったが、心の中で泣いている気がした。
何か言わなきゃと思っても、彼女にかける言葉を見つけられず黙ったまま。
「栄口くん、」
お互い無言の中、急に名前を呼ばれてはっとする。
名字さんのほうを見ると彼女は俺に向き直っていて、何か言いにくそうに口を開いた。
「…栄口くんは、どうして私に接してくれるの?」
「え…?」
「ずっと聞きたかったんだ。私の事を周りの人から色々と聞いて、いやな奴だって思わなかった?」
そう言って彼女は俯いてしまう。
「そんな事ない」
思わず彼女の手をとり、ぎゅっと握った。
彼女はがばっと顔を上げた。驚いた顔が見える。
「だって関係ないだろ?俺は名字さんと一緒にいて楽しかったし、接していたのももっと仲良くなりたいと思ったからだよ」
じっと彼女を見つめてそう言い切ると、彼女は顔を歪めて再び俯いてしまった。
「…仲良くしてくれるの?」
「当たり前じゃんか」
「…栄口くんに迷惑かけちゃうかもしれないよ」
「関係ないよ。俺は名字さんと仲良くなりたい」
力を込めて強く握る。僅かにだったけれど彼女も握り返してくれた。
「私、周りの事すごく気にしてて、他の人たちが怖くて自分から遠ざかってた」
「…うん」
「でも、本当はね、すごく寂しかったの」
ついに彼女の目から涙が落ちた。
090808
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