17. おかえりなさい
「名字さん、待った?」
「うん、ちょっとだけ」
ミーティングが終わって教室まで行くと、名字さんは自分の席で本を読んでいた。彼女は本を鞄にしまい、鞄を持って俺のほうにやって来た。
「ミーティングがちょっと長引いちゃって…、どのくらい待ったの?」
「えっと、十分くらいかな。私も委員会終わった後、先生に捕まって話をしてたし…」
「…お疲れ様」
「まあ、あの先生の話面白いけどね」
今日、名字さんは委員会で俺は部活がミーティングの日だった。夜道は危ないということで一緒に帰ろうと誘ってみると、彼女はにこりと笑いながら了承してくれた。
廊下を歩き、昇降口に到着した。俺は上履きからスニーカーに、名字さんはローファーに履き替える。昇降口の扉を開き、自転車置き場へ向かって歩き出す。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「私が西浦に来た理由、まだ話してなかったね」
校門を出たところで、名字さんは思い出したように言った。
「あ、うん。でも言いたくなかったら言わなくても…」
「栄口くんに聞いてほしいの」
足を止めて体を俺のほうに向ける。俺も名字さんのほうに体を向けた。お互いに見つめる。彼女の目は真っ直ぐだった。
「前にも言った通り、私の家にはあまりお金がなくて…、西浦だったら制服代と交通費がかからないから」
「そっか、私服校だし名字さんは家も近いもんね」
「あ、うん、そうなんだけど…、それもあるんだけどね、」
「…名字さん?」
「…西浦はお父さんとお母さんの母校なんだ」
名字さんは目を細めて微笑んだ。嬉しそうな声音に、本当に両親の事が好きなんだな、と思った。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰ろっか」
「うん、そうだね」
俺たちはまた歩き出した。
それから俺と名字さんは色々な事を話した。学校での事や野球部の事、彼女の両親の事。前よりも話すようになったし、一緒にいる時間も増えた気がする。けれども、彼女はまだ遠い存在であるように感じて、何だか歯痒かった。
T路地を右に曲がって名字さんの家が見えて、そこで俺はある事に気づいた。彼女も気づいたようで目を真ん丸にしている。彼女の家に明かりがついていた。
二人で暫く呆けていると、突然彼女の家のドアが開いた。中から顔を覗かせたのは優しそうな女性で、誰かに似ている気がした。
「――名前」
その人の呼んだ名前に、俺は隣を見る。名字さんは信じられないと言ったような、今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺は黙って背中を押してやる。
「…栄口、くん」
「行ってきなよ。あの人、お母さんなんでしょ」
「…うん!」
嬉しそうに頷いた後、名字さんは走り出す。俺は彼女の後ろ姿をただ見ていた。
090822
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