それでいいじゃない
作兵衛から逃げ切って、用具倉庫の裏でしゃがみこんだ。涙で視界がぼやける。
誰とも会いたくないなあ。そういう時に限って人に会うもので。
「あれ、こんなところで何やってるの?」
聞き覚えのない声に肩が跳ねた。恐る恐る顔を上げると、青紫色の装束が二つ。三年生だ。
「あれ、君、泣いてるの?」
「…あ、」
一人が名前の顔を覗き込んで言う。指摘されると涙はさらに出てくるもので、名前は本格的に泣き始めた。
「え、ちょ、待ってよ!これって俺のせい?!」
「うん、勘右衛門のせい」
「やっぱり?!兵助、どうしよう…!」
「どうしよう、て言われても」
兵助はこてん、と首を傾げた。その様子に勘右衛門は溜息を吐き、頭を押さえる。
「兵助に聞いた俺が馬鹿だった…」
「そら、どうも」
しれっと返事をした兵助に勘右衛門はうなだれた。
その数秒後、勘右衛門はよし、と言って名前と同じようにしゃがみこんだ。
「俺、尾浜勘右衛門っていうんだ。んで、こっちは久々知兵助」
「よろしく、少年よ」
「兵助はちょっと黙ってて。君は何ていうんだい?」
「…名字名前です」
「名前かあ。なあ、名前は何で泣いていたんだ?」
聞かれて、名前は俯いた。それからしばらくして、ぽつぽつと話し始めた。
「皆は、立派な忍者になるって言っていて、」
「うん」
「でも、僕は、そのつもりはなくて、」
「忍者を目指している皆に失礼じゃないかって?」
「…はい」
「なんだ、そういうこと」
話を聞いて笑い始めた勘右衛門に、名前は首を傾げた。
「勘右衛門、笑うのは失礼だぞ」
「あ、ごめん」
兵助の言葉に勘右衛門は目尻に溜まった涙を拭った。
「それ、誰が言ってたの?」
「…潮江先輩です」
「そっかあ、潮江先輩なら仕方ないかな。あの人ギンギンだし…。名前はそんなこと気にする必要ないよ」
「…え?」
「忍術学園は勿論、忍術を教えるための学校だけど、読み書きとか算術とか基礎的なことも学べるからねえ。行事見習いとして来る人もたくさんいるんだ」
「そう、なんですか…」
「そう。だから名前が卑屈にならなくてもいいんだよ」
勘右衛門は笑いながら名前の頭を撫でた。名前は一瞬つられて笑いそうになったが、すぐにその表情を暗くした。それに兵助が気付く。
「他にも何かあるのか?」
「…それで、友達に酷いこと言っちゃって、」
また涙ぐむ名前。
今度こそどうしようか。二人が悩んでいると、遠くから声が聞こえた。
「名前、ほら、泣き止んで」
「…?」
「お迎えが来たぞ」
二人が見ている方に顔を向けると、向こうから走ってくる作兵衛の姿。
「友達っていうのはそんな柔なもんじゃないんだよ」
そう言うと、勘右衛門は名前の背中を押した。
110221
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