表裏不一致
三年ろ組に在籍する不破雷蔵には元々迷い癖があった。それが発揮されるのは、たとえば筆記試験で選択問題に出くわした時だったり夕飯の献立を選ぶ時だったり。雷蔵の迷い癖はもうすでに周知の事実であったし、今さら心配する者もいなかった。
そんな彼はここ最近また何かに迷っているらしい。それはもう、周りから見ていて心配になる程。雷蔵の迷い癖を一番理解していた級友たちも、さすがに一週間もそれが続くとなると心配し始めた。
「雷蔵」
「あ、皆、どうしたの?」
「どうしたの、じゃない。雷蔵は何を迷ってんだ?」
「あー、えっとね」
言いにくそうにしていたが、雷蔵は渋々と話し始めた。
同じ図書委員会の一年である名字名前。雷蔵の委員会での初めての後輩である彼は一年生にしてはすごく大人しいらしい。仕事はきちんとこなすし礼儀だって忘れない。
ここまで聞くと彼はとても良くできた子供だと思うだろう。しかし、完璧な人間なんてそういない。どんな人間にも欠点の一つ二つはあるもの。
完璧ではない彼にも当然欠点があった。
「名前の笑った顔を見た事がないんだ」
そう言って雷蔵は肩を落とした。
「他のところでは笑ってるのかもしれないけど、少なくとも僕は見た事がない」
「元々あまり笑わない子なのかもしれないんじゃ…?」
「そうも思ったけど…。僕、名前に嫌われてるのかな…?嫌われてるんだったらあまり構わないほうがいいと思う、でもそうじゃなかったらって思うと…、」
今回の雷蔵の迷いはかなり深刻であるらしい。項垂れる雷蔵に級友たちは顔を見合わせる。
さて、どうしたものか。それぞれが解決策を思案していると、突然級友の一人が声を上げた。
「いきなりなんだよ、八左ヱ門」
「雷蔵、その後輩、名字名前って言ったよな?」
「うん、それがどうしたの?」
雷蔵が尋ねると、雷蔵と同じ三年ろ組の生徒――竹谷八左ヱ門はにかりと笑った。
「うちの一年と同じ組だ」
「本当に良いのかな…?」
「大丈夫だって!」
雷蔵と八左ヱ門は忍たま長屋の廊下を歩いていた。
あの後、あれこれ悩んでいるより実際に聞いてみたほうが早いという事になった。本人に直接聞くのは憚られるという事なので、名前にではなく八左ヱ門の後輩である伊賀崎孫兵に。
「…と、孫兵の部屋ってどこだったっけ?」
きょろきょろと見渡しながら歩く八左ヱ門。不安そうに雷蔵は八左ヱ門を見る。
「あ、ここだ…、て、あれ?」
「…どうしたの?」
「孫兵と名前は同室みたいだぞ」
「ええ!?」
思わぬ事実に雷蔵は思わず声を上げてしまった。
ガラガラと戸の開く音が聞こえ反射的に体を強張らせる。部屋から出てきたのは孫兵で、彼は二人の姿を見て目を丸くした。
「大声が聞こえたんですが…、何かあったんですか?」
「いや、大したことじゃないんだ。それより、孫兵に聞きたい事があって、」
「僕に、ですか?」
首を傾げる孫兵。あのな…。八左ヱ門は口を開いた。
「何だ、そう言う事でしたか」
雷蔵と八左ヱ門の話を聞き終わって、一言。はあ、と孫兵はため息を吐いた。
「名前は滅多に笑ったり話したりしない奴ですから。不破先輩が思っているような事はありませんよ」
「でも…、」
「それでしたら名前の頭でも撫でてあげてみて下さい。きっと分かりますよ」
そうかな…?雷蔵が首を傾げたのと同時、背後から足音が聞こえた。振り向くと、廊下の向こう側から歩いてくる名前の姿が見えた。今まで自分の事について話されていたなんて露知らず、名前は雷蔵と八左ヱ門に気付くと不思議そうに首を傾げた。
雷蔵はというと、突然のチャンスに戸惑っていた。早く、と八左ヱ門に急かされてようやく名前に近づく。不思議そうに見てくる瞳がつらいけれど…。意を決して名前の頭に手を伸ばし、ぽんぽんと数回撫でやった。
「…先輩?」
少しだけ驚いたような声が聞こえた。やっぱり嫌だったか、と落胆しながら名前をうかがう。けれどもそこにあったのは嬉しそうに微笑む姿で――。
「…名前」
「…何ですか?」
「変な事を聞くけど…、嬉しい?」
「……嬉しい、です」
そう言って、名前は恥ずかしそうに顔を俯かせた。
雷蔵が名前のあまりの可愛さに抱きつくまで、あと三秒。
100509
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