暗転


ある夏の昼下がり、名前が学園内を歩いていると、突然どさっという音とともに視界が暗転した。腰をさすりながら周りを見る。どうやら自分は落とし穴に落ちたらしい。
いくら外の世界よりも平和でもここは忍術学園。罠が仕掛けてあってもおかしくないのである。
名前は早速脱出しようと懐を探ってみたが、苦無を部屋に置いてきたことを思い出した。これでは落とし穴から出られないではないか。これからどうするべきか、膝を抱えて考える。

「おい、どうした」

不意に聞こえた声に身体が跳ね上がった。顔を上げてみると、深緑色の装束を着た少年が名前の事を見下ろしていた。

「出られないのか?」

こくりと頷くと、少年はひとつ溜息をついた後どこかへ行ってしまった。忍術学園の生徒ならばやはり自力で脱出しろということなのだろうか。それなら自分は一生出られない。…どうしよう!
名前が顔を青くさせていると、突然目の前に縄が下りてきた。

「何をしているんだ。これに掴まって早く上ってこい」
「…はい」

縄に手をかけ、名前は上り始めた。


「忍たまなら苦無くらい常に持っていろ」

穴から這い上がってきた途端に叱られた。穴の中からでは分からなかったが、自分を助けてくれたのはあのギンギンに忍者していると噂の潮江文次郎だった。前に左門から会計委員会の先輩だと聞いたことがある。

「たまたま俺が通りかかったから良かったが、運が悪けりゃ一生このままだったぞ」
「…すみません」

本当、彼がここを通らなかったらどうなっていたことか。名前は思わず身震いをした。
その様子を文次郎は訝しげに見、そして口を開いた。

「仮にも忍者を目指しているならおどおどするな」
「……僕は忍者にはなりません」
「…は、」
「家業を継ぐんです。忍術学園に入ったのも、知識や経験を得るためです」

そう言って俯く。文次郎はじっと見つめた後、ひとつ溜息を吐いた。

「たとえそうだとしてもな、」

名前を真っ直ぐ見て言う。

「忍者になる覚悟をしてやっていかなきゃ、お前、死ぬぞ」
「…え、」

文次郎の言葉に目を丸くした。首を傾げる名前に、文次郎は続ける。

「今はまだこのままでいい。だが、学年が上がっていくごとに授業や実習は厳しくなっていく。命を落とすことだってある。生半可な気持ちじゃあ死ぬ」

それは理解できた。それに、忍術学園を良く思っていない人間にいつ襲われるか分からないし、一歩学園を出れば故郷と違い、山賊に出会う危険性もある。いつだって死と隣り合わせだ。

「勿論、お前がどう思ってるかは知らない。死にたくないのなら、忍者にならないからっていう甘ったれな考えを捨てるか、忍術学園をやめることだな」

そう言い切ると、文次郎は背を向けて歩き出した。
ぽつんと一人残された名前は、文次郎の姿を見送った後、その表情を曇らせる。

「…僕は、」

作兵衛は、将来忍者になるんだ、と目を輝かせて言っていた。左門や三之助だってそう。

「僕は、」

本当に、ここにいていいの?


110212


ALICE+