03. 第一印象
一年生の伝統行事に、くの一教室の見学がある。
当時一年だった孫兵も例外ではなく、くの一教室へ見学しに来ていた。
忍たまとくのたまが一人ずつ組になってまわるのが決まりで、その相手とは入口で落ち合うことになっている。他の生徒たちが相手を見つけ次々と出発していく中、孫兵はぽつりと立っていた。
――お庭を案内してあげるわ!
――ねえ、これ食べてみて!
そんな話が聞こえてくる。孫兵は軽く溜息を吐いた。
最後の一人になったところで、ようやく自分の相手だろうくのたまがやって来た。
「こっち、」
くのたまは挨拶もなしに、くるりと踵を返すと歩き出した。孫兵も慌ててついていく。
たどり着いた先はくの一寮の縁側だった。くのたまは孫兵に座るよう示し、待ってて、と一言言うと部屋へ入っていった。程なく戻ってきた彼女は手にお茶と煎餅を持っていた。
「煎餅いる?」
「…じゃあ、」
はい、と一枚渡される。くのたまはもう一枚取り食べ始めた。孫兵は貰ったそれに口を付けず、黙ってくのたまの様子を窺う。自己紹介もしないなんて、変な人だ。そう思っていると、かちりと目が合った。
「どうした?」
「…何でもありません」
ずい、と身を乗り出してきたので、慌てて顔を背けた。それでも彼女はこちらをじっと見ている。
「その蛇、」
「ジュンコです!」
そう言ったのと同時、孫兵は勢いよく振り返り、強い口調で正す。
くのたまは一瞬呆けたが、すぐに何か考えるような仕草をした。
「そうだよな」
しばらくして、彼女の口から出た言葉に孫兵は首を傾げた。
「私たちが人間と呼ばれるのと同じで、ジュンコにも失礼だよな」
ごめんよ。そう謝罪してきたくのたまに、孫兵は呆気にとられる。皆、ジュンコの事を疎み、時には嫌がらせをしてくる事だってある。けれども彼女はそんな事なく、ジュンコを真正面から見てくれた、認めてくれた。ただそれが孫兵にとって珍しかった。
不意に遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。視線をやると、同級生の忍たまの姿が見えた。
「こっちで一緒に遊ぼうぜ」
そう言って大きく手を振っている彼に、孫兵は今行く、と声をかけ立ち上がった。
――ぱしり、と腕を掴まれた感覚。振り向けば、くのたまが自分の腕を掴んでいた。
「…どうしたんですか?」
「いかないほうがいいよ」
「何でですか」
「いいから」
振りほどこうとしてもくのたまの手はとれず、ぐいぐいと腕を引っ張られる。断固として行かせない彼女に、孫兵は溜息と吐き、同級生の忍たまに一言かけてから縁側に再び腰をかけた。
忍たまがいなくなったのを確認してから、くのたまは話し始めた。
「今日のくの一教室見学にはね、くのたまに忍たまを陥れろっていう課題が出されているの」
淡々と告げる彼女に孫兵はぎょっとする。え、じゃあ、と言ったところで、遠くから叫び声とものが落ちる音が聞こえた。おそらくこの声と音の主はさっきの忍たまだろう。もしあの時彼に付いて行ったら自分も同じ目に遭っていたかもしれない。
そこで、孫兵はある事に気付いた。それなら――
「何であなたはやらないんですか?」
今までの彼女の行動に自分を陥れようとするものは見られなかった。課題ならやらなければ成績に響くだろう。何故自分を陥れないのか疑問に思った。
対するくのたまは、少し考える素振りを見せ、それから口を開いた。
「面倒くさかったし、それに、君相手だとその気が失せてしまったよ」
そう言って苦笑する彼女に、孫兵は戸惑いを感じた。彼女の言葉からすると、自分だったから陥れようとしなかったからで、それが意味する事といったら、彼女が多少なりとも自分の事を特別視しているということ事である。孫兵は顔に熱が集まってくる感じがした。
そんな孫兵を余所に、くのたまはさて、と立ち上がった。
「君の名前、伊賀崎だっけ?」
「あ、はい」
孫兵がそう返事すると、彼女は振り返って孫兵と向き合った。
「私は名字名前。くのたま二年」
よろしくね。微笑んだ彼女に、孫兵ははいっ、と答えるので精一杯だった。
110311
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