02.
そうしてこうして。事態が急変したのは五年の秋。お手伝いとしてやってきたエリ子さんと名前の衝突が起こった。
人が集まっていたから近づいてみた。池に浮かんでいる教科書と、ぽつりと一人で立っている彼女の姿があった。
助けなくては、と思った。けれども体が動かなくて、そうしている間に、彼女はどこかへ行ってしまい、人ごみの中から三郎が飛び出して、教科書を拾い上げた。
何で三郎が。そう思ったのが伝わってしまったらしい。三郎は俺を一瞥すると、彼女が消えたのと同じ方向へ去っていった。
それがきっかけとなったのか、三郎は彼女に近づき始めた。
このままではまずい。焦りだした俺は、これから何をするべきか考えた。とりあえず彼女から三郎を引き離さなければ、と思った。
結果、俺がした行動は、嘘をつくことだった。
彼女を呼び止めてこう言う。
三郎は嘘をついている。お前を好いているふりをしているけれど、本当はエリ子さんを好いている、と。
嘘、と彼女の口から言葉がこぼれた。彼女の瞳は驚きと悲しみで揺れていた。
これでいい。けれど少しばかり罪悪感を感じて、早くこの場から立ち去りたくて、踵を返して、急いで部屋に戻った。
それから数刻後、大きな音を立てて障子が開いた。
音の主は三郎で、彼は俺に掴みかかると、押し倒し、拳で殴りかかってきた。
「名字に大嫌いと言われた。もう私を見てくれない」
そう言って彼は涙を拭うこともせず、俺を殴り続けた。
抵抗はしなかった。三郎は友人で、おれは友人に酷いことをした。自覚している。
俺に抵抗する権利はない、三郎は気の済むまで殴ればいい。
だけど名前をとっていくのだけは許さない。
それほどまでに彼女のことが好きだから。
しばらくして、三郎は少し寂しそうな顔をして部屋を出ていった。
110208
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