あやめ


夏の太陽がぎらぎら照りつける中、俺たちは睨み合っていた。目の前にいるのは桃色の装束を身にまとった人物。こいつ――名字名前はじっ、と俺を見ている。

「何よ、池田の癖に!生意気!」
「何だと!」

何故言い合いをしているのか。実を言うと、俺もよく覚えていない。原因なんていつも些細な事で、こいつとは顔を合わせる度にいがみ合っている。
視界の端で左近が溜め息を吐いたのが見えた。

「あーあ、またやってる」
「本当仲良しだよね」

にこにこと笑いながら言った四郎兵衛の言葉に、俺たちは同時に四郎兵衛に詰め寄った。

「冗談じゃないわ!こいつと仲良しなんてあり得ない!」
「それはこっちの台詞だ!誰がこんな奴と仲良くするもんか!」
「こんな奴って何よ!この、わかめ!」
「ああ?もういっぺん言ってみろ!」
「髪がわかめ色って言ってんの!」

こいつに自分の髪色について言われ、カチンと来た。負けじと言い返す。

「お前こそ、いつもギャーギャーうるさいんだよ!」

ぴたりとこいつの動きが止まった。今だ、と思い俺は言葉を続けた。

「俺の言う事する事に何でも突っかかってきやがって、女子だったらもっと大人しくしてろっつうに」
「……」
「あーあ、どっかに可愛くて淑やかーな子いないかなあ」

反論してこないことに少し不思議に思いながらも、わざとらしく溜息を吐いて視線を余所に向ける。これで参ったか、と内心得意げに笑っていると、あ…、と声がした。ちらっと前を見てみると、そこには目に涙を溜めたあいつが居て、

「…ばか」

そう呟くなり、あいつは背を向けて駆け出した。その姿に唖然としていると、左近と四郎兵衛が近づいてきた。

「この阿呆」
「な、何だよ。何であいつ泣いてたの」
「三郎次、ああいう風に言っちゃ駄目だよ」
「へ…?だって、あいつがわかめって言うから」
「わかめは事実だろ」

さらりと言ってのけた左近に殺気が湧いた。確かに髪色が緑なのは事実だけど。でもわかめってないだろう、わかめって。

「そんなことより、これからどうしよう、左近」
「さりげなく四郎兵衛もひどいな」
「とりあえず、名字を追いかけなきゃまずいと思うけど」
「え、何であいつ追いかける必要あんの?」
「何でって…。喧嘩したなら仲直りしなきゃじゃん」
「はあ!?」

思わず声を上げてしまった。二人はきょとんとして俺を見ている。

「俺とあいつが仲直りなんて絶対やだね!っていうかそもそも仲良くないから!」
「そんなこと言ってると後悔するぞ」
「するもんか!むしろせいせいするわ!」

そう言い捨てて、二人に背を向け歩き出した。


二人と別れてからというものの何だか落ち着かなくて、気分転換に一年は組をからかって遊ぼうかと思ったが、現在は組は実習に行っているらしく。結局、心のもやもやを取り除くことができないまま、学園内を彷徨っていた。今自室に戻ったら左近に会いそうだし。
しかし、何故あいつは泣いたのか。いくら考えてみても、理由は思い浮かばなかった。不意に左近に言われた言葉を思い出す。後悔するぞ、て何に後悔するんだろうか。もう前みたいに会う度に言い争いしなくなるとか?それは大歓迎だけど、あいつに会えなくなるのはちょっと嫌だなあ。って、何考えているんだ、俺!会えなくなるの嫌とか、何言ってんの、別に嫌、じゃなくもなくもなくもなくも…、ああ、もう!

「くそ、もやもやするー!…て、あ」

思わず叫んでしまった後、ふと視線を池の方に向けると、桃色装束がそこにあった。こっちに背を向けているが、あの髪型はあいつのものだった。
さっきのやり取りでだいぶ気まずいが、このもやもやした感じを取り除きたくて、原因であるあいつに当たれば多少は良くなるかなと思って。一言言ってやろうと、あいつに近づき顔を覗いてみて、俺はぎょっとした。

「…まだ泣いてんの?」

こぼれてしまった言葉に、ちらりとこっちを見てきた。

「…何で、池田がいるのよ」
「いちゃ悪いかよ」
「……」

こいつは何も言わずにそっぽを向いた。その動作にいらっと来たが、何も反論してこないことに何故か物足りなさを感じた。

「何か言えよ」
「…何で?何か言えば池田怒るじゃない」
「…まあ、そうだけど」
「私に構ってないで、可愛くて淑やかーな子のところにでも行けば?」

ふい、と視線を外された。その様子が気に入らなくて、俺はこいつの頭を掴み、顔をこっちに向けさせた。

「な、何よ!」
「何でギャーギャー言い返さないんだよ!いつもみたいに反論しろよ!」
「ちょっと、聞いてた?池田、大人しい子のほうがいいって言ってたじゃない」
「そりゃあそうだけど、お前が大人しいって何か違和感あるから止めろ!」
「はあ?言ってる意味分からな…」
「だあ、もう!だから、お前が何も反論してこないとつまらないんだよ!」

えっ…、と呆気にとられた声が聞こえた。言ってから気付く。俺って相当変なことを言ったんじゃないか…?気恥ずかしくなり、こいつから視線を外した。

「ねえ、池田」
「…おうよ」
「私は今まで通りで良いってこと?」
「あー…、そういうことになるな」
「なあんだ。あーあ、泣き損だわ」
「な、何だと!」
「池田のために泣くなんて、ばかみたい」
「こ、こんにゃろう…!」

ころっと、先程までのやり取りがなかったかのように態度が一変したこいつに、思わず拳を振るうが、するりと避けられた。数歩離れたところであいつが笑う。

「それじゃあ、これからも宜しくねえ」
「あ、待て、こら!」

伸ばした手は届かず、あいつの姿は向こうの方へ消えていった。項垂れていると、代わりに向こうから左近がやって来た。

「さっき名字とすれ違ったんだけど、お前ら仲直りできたみたいだな」
「…あー、頭に来る!名字、待てーっ!」
「あ、おい!」

心のもやもやはいつの間にか消えていたが、今度は沸々と怒りが湧いてくる。今から走れば追い付くだろうと、駆け出した俺の後ろで左近が「…この無自覚が」と呆れていることに俺は気付かなかった。


120213


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