きく


赤や黄色の葉がひらひらと舞い落ちるのを眺めながら、焼き芋食べたいなあとか考えた。それを言えば、あの子は子どもみたいねと笑うだろうけれど。

「おーい、四郎兵衛」

名前を呼ばれ声の方へ顔を向ければ、こっちに歩いてくる久作の姿が見えた。

「どうしたの、久作」
「いや、姿が見えたから声かけてみたんだけど、四郎兵衛は何してたんだ?」
「あ、うん、落ち葉見てたら焼き芋食べたいなあって」

そう告げれば、久作は目を丸くした後笑いだした。

「四郎兵衛は本当、食い意地が張ってるなあ」
「…子どもっぽいかな?」
「子どもっぽいって言うより四郎兵衛っぽい」

そう言って未だ笑い続けている久作は笑い方も様になっていて、しかも性格も真面目だから(キレやすいのがたまに傷だけど、)同性の僕から見ても格好良い。それに対して、僕は容姿が整っている訳でもなく、要領が良い訳でもない。でも、僕も一応男だから、一度でいいから格好良いと言われてみたいと思っていたりする。
じーっと見ていたら、久作が不思議そうに首を傾げた。

「何かぼーっとしてるみたいだけど、大丈夫か?」
「ううん、何でもないよ」
「そうか?…あ、」

久作がこぼした言葉に久作と同じ方に視線をやれば、桃色装束がこっちに向かって来るのが見えた。

「四郎兵衛に能勢くん、こんにちは」

桃色は僕たちの目の前に来ると、にこりときれいな笑みを見せた。
この子はくのたま二年生の名字名前ちゃんで、僕の幼馴染み。彼女とは同い年なのに僕よりも年上のお姉さんみたいな雰囲気を持っている。

「やあ、名字」
「こんにちは、名前ちゃん」
「二人の姿が見えたから来てみたんだけど、何を話していたの?」
「いや、四郎兵衛が焼き芋食べたいっていう話を、」
「ちょっと、久作!」

そんなことを名前ちゃんに言ったら、また子どもっぽいって思われちゃうじゃないか!久作の言葉を止めようとしたけれど間に合わず。それを聞いた彼女は、やっぱりくすくす笑いだした。

「四郎兵衛らしい」
「…もう、そんなに笑わなくたって」
「ごめんなさい。でも、四郎兵衛って本当に可愛いのよ」

もう何回目か分からない可愛いって言葉。名前ちゃんの性格もあってか、彼女には故郷の村にいた時から事あるごとに言われている。そりゃあ僕は久作みたいに格好良くもないけれど、でもさあ…。
僕の不満そうな顔を見て、久作が名前ちゃんに声をかけた。

「あんまり可愛いって言ってると、四郎兵衛拗ねるぞ」
「あらそう?」
「男は可愛いって言われるのが嫌なんだよ」
「そうなの?でも四郎兵衛可愛いからつい、」
「…まあ、四郎兵衛はどっちかっていうとそうだよなあ」

名前ちゃんの言葉に、久作もうんうん、と納得してしまった。ええ、ちょっと久作まで!

「可愛いって言わないでよ!」
「でも、あのね、」
「もう、名前ちゃんなんて大嫌い!」

何か言いかけた名前ちゃんの言葉を遮って、僕は二人に背を向けて駆け出した。後ろで名前を呼ぶ声がしたけれど聞こえないふりをした。


裏山に辿りつき、一際大きな木の下に座り込んだ。大嫌いと叫んだ時の彼女の顔が頭から離れなかった。驚きと寂しさが混ざったような表情。そんな顔させたくなかったけれど、そうさせたのは紛れもなく自分で。

「…名前ちゃん、僕のこと嫌いになっちゃったかなあ」

かあかあと遠くの方で鴉が鳴いている。空はもう茜色に染まっていて、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。ぐう、とお腹も鳴った。そろそろ帰ろうかと腰を上げると、鴉の鳴き声に混じって、聞き覚えのある声が聞こえた。

「四郎兵衛!」

木の陰から出てきたのは名前ちゃんで、彼女は僕の姿を確認するとほっと息を吐いた。彼女の息は切れていて、僕を探してくれていたんだなあと思った。

「良かった、四郎兵衛が無事で」
「…どうして、」
「え?」
「どうして、僕を探してくれたの?僕は君に酷いこと言ったのに…」

そう聞けば、彼女はにこりと僕に笑ってかけた。

「四郎兵衛は大切な幼馴染だもの。嫌いになれないよ」
「…僕も名前ちゃんのこと嫌いじゃないよ」
「うん、分かってる」

日が暮れないうちに帰りましょう?、と名前ちゃんは僕の手を引いて歩き始めた。彼女の後ろ姿を見ながら、やっぱり彼女はお姉さんみたいだなあと思った。
草を掻き分けて歩いていると、不意に背後から獣の唸り声がした。振り向けば、そこには山犬がいた。幸い相手は一匹。懐から苦無を取り出して構える。

「名前ちゃん、下がってて!」

山犬が飛び掛かってくるのを跳躍して避ける。鼻の辺りを苦無で叩いてやれば、山犬は勝ち目がないと感じたのか、山の奥へ逃げ出した。ほっと息を吐く。これが複数いたら危なかったなあと身震いした。
向こう側から名前ちゃんが駆け寄ってくるのが見えた。

「四郎兵衛、怪我はしてない?!」
「うん、大丈夫」
「良かった…!」

怪我をしていないことを見せれば、名前ちゃんは安堵の表情を浮かべた。
これ以上山犬と遭遇するのは避けたい。僕たちは急いで学園に向かった。もうすぐ学園に着くというところで、彼女が口を開いた。

「あのね、私、四郎兵衛が格好良いってこと知ってるよ」
「え…?」

僕は目を丸くした。だって僕は要領悪いし容姿が整っている訳でもないのに、そんな僕を彼女は格好良いと言ってくれた。いったいどういうことだろうか。

「覚えてない?山犬に襲われるの、村にいた時にも一回あったの。その時怯えて動けなかった私を四郎兵衛は庇ってくれた」
「…そんなこともあったかも」
「結局山犬を退治してくれたのは村の大人たちだったけれど…。でも、その時の四郎兵衛は格好良かったの」
「名前ちゃん…、」
「今までごめんなさい。可愛いって言われるの、そこまで嫌だとは知らなかったから」

名前ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せた。そんな彼女に僕はにこりと笑いかけた。

「もう良いよ、僕のほうこそごめんね。…これからも仲良くしてくれる?」
「もちろん!」

前を向くと学園が見えた。無断外出だったから小松田さんには怒られそうだなあと考えたけれど、まあ、今日は別に良いかなって。僕たちは仲良く手を繋いでその門をくぐった。


120321


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