行き場のない感情
どうしようもなくさみしい気分になった夕方、故障した券売機の前で自分自身に嫌気がさした話をしてください。
(診断メーカー「さみしいなにかを書くための題」)


さみしいと思った。突然だったようにも思うし、前々から積み重なっていたようにも思う。特務司書として働くようになってから、かなりの時間が過ぎた。待遇には何の不満もない。転生させた文豪達に振り回されることもあるが、それほど嫌ではなかった。楽しいことも多いし、やりがいも感じている。
さみしいのは家族に会えないからだ。実家に帰れないからだ。特務司書になってから、外部との接触はある程度制限されている。住む場所も決められ、遠出するには許可がいる。

ふらふらと何かに誘われるように夕焼けに染まる街を歩き、吸い込まれるように駅の中に入った。帰ろうと思った。生まれ育った町に。家族がいる場所に。

「……故障中」

そのそっけない3文字が書かれた紙が券売機に貼ってあった。それを見ていたら、自分が嫌になった。例えば、帰ろうと思ったくせに、荷物もお金もほとんど持たずにふらふらここまで来た考え無しの自分が嫌だったし、仕事なんて大変なのが当たり前で、みんな多少の不満は抱えているだろうに、さみしいなんてわがままなことを思う自分が嫌だった。
馬鹿だなぁと思った。帰ってどうするんだろう。明日も仕事はあるのに。

実家に帰れるお金なんて持って来ていなかった。それでも、図書館に戻る気にはなれなくて、駅の近くのベンチに腰掛けてぼうっと空を眺めていた。
いつの間にか赤かった空は暗くなっていた。それでもやっぱり動けなかった。
行き場のないさみしさはどこを目指せばいいんだろう。どこに行くんだろう。どこにも行けないそれが体の中でぐるぐると回って溶け出し、自分の体を重くしているような気がした。溶けたそれはいつしか固まって、更に重くなるのかもしれない。
みんな苦しいんだ、さみしいんだと言う人もいるかもしれない。そうかもしれない。でも、もし本当にそうだとしても、私のさみしさをどうしろと言うんだろう。みんな同じだからって、私の気持ちが消えるわけじゃない。

「もう夜か……」

図書館にいないとわかったら、怒られてしまうだろうか。怒られるくらいならいいけど、大ごとになってしまっていたら困るなあ。書き置きも何も残して来てはいない。

「……司書さん?」
「あっ……」

息を切らした堀先生が立っていた。少し苦しそうな顔に安堵の色が浮かぶ。探してくれたのだと思うと、無性に申し訳なくなった。

「よかった。みんな探してますよ」
「すみません」

鼻がツンとして、視界がぐにゃりと歪んだ。泣いたって困らせるだけだとわかっているのに、止められそうになかった。ああ、探して欲しかったんだなと気付いてしまった。どうしようもなくさみしくて、誰かに見つけて欲しかった。それこそわがままだ。

「1人になりたい時だってありますよね。大丈夫ですよ」

堀先生は何も訊こうとしなかった。ただ静かに待ってくれていた。

「帰りましょう、司書さん」

私がやっと落ち着いた頃、先生は優しい声でそう言った。私は自然にこくりと頷いた。
堀先生の少し後ろをついていく。それほど大きくないはずの背中がやけに頼もしく見えた。

「怒られちゃいますね、勝手にいなくなって」
「怒るのは司書さんが大切だからですよ。いなくなったら嫌だから、心配するし、怒るんです」
「……はい」

大人に諭された子供みたいだ。堀先生が足を止めた。図書館の前で誰かが落ち着きなく行ったり来たりしていた。

「さ、入りましょう」

怒られる覚悟をして、頷いた。近づいていくと、図書館の前に立っていたのは徳田先生だった。目が合った瞬間、安心したような顔になったけど、一瞬で不機嫌な顔に変わった。

「何考えてるんだよ、君は」
「すみません」

悪いのは自分だとわかっているから、もう謝るしかない。思い切り頭を下げたら、上からため息がふってきた。
徳田先生に迷惑をかけたかったわけじゃないんです。本当は余計な苦労なんてかけたくないんです。自分でもどうしようもないような感情に突き動かされて、ふらふら出て行っちゃっただけなんです。何を言っても言い訳にしかならなくて、何も言えなかった。

「帰ってきたからそれでいいよ。……おかえり」

ひどく優しい声だったから、また鼻がツンとした。さっきあんなに泣いたのに、まだ水分は残っているらしい。我慢しようとしたけど、どうにも無理で嗚咽が漏れる。

「どうして泣くんだよ」

少し焦ったような声に、大丈夫ですと答えたいのに声にならない。

「あとは何とかしますから、今日は休んでください。部屋まで送りますから」
「みなさんに、謝らないと……」

どうにか声を出すと、堀先生は困ったように笑い、徳田先生は呆れた顔をした。

「今日は無理しないで休んだ方がいいと思いますよ」
「明日でいいよ。そんな顔見せたら、尚更心配されるから」

そう言われてしまっては、返す言葉がなかった。そんなに酷い顔をしているだろうか。他の先生方に謝れない分、本当にすみませんでしたと改めて2人に頭を下げた。

「わかったから、さっさと寝なよ」
「……はい」

涙を拭って頷いた。いつの間にか、さみしさはどこかに行ってしまった。明日はきっと大丈夫。そう思えた。
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