雨音は遠く
雨の日、少しずつ周囲が暗くなりだした時間、池のそばに立つ東屋でした、もし生まれ変わるなら何になりたいかという件の話をしてください。(診断メーカー「さみしいなにかを書くための題」)

朝から降っていた雨の勢いが急に増して、傘が役に立たなくなったので、近くにあった東屋に逃げ込んだ。やることもないし荷物持ちなら任せろと言ってついてきてくれた室生先生には悪いことをしてしまった。本当なら図書館の中で降りしきる雨でも眺めながらのんびりしていられたはずなのに、ずぶ濡れだ。

「濡れたなぁ……大丈夫か?」
「はい。巻き込んでしまってごめんなさい」
「いや、俺が一緒に行くって言ったんだから気にするな」

東屋のすぐ近くには池があった。水面にはいくつもの波紋が広がって入り乱れていた。地面に叩きつけるように降る雨のせいで、景色が全体的に白っぽく見える。気が滅入りそうだ。雨の勢いは弱まらない。

「しばらく雨宿りか。寒くないか?体が冷えたら大変だからな」

心配そうな室生先生に大丈夫ですと笑顔で応える。タオルなんて持ってきていないから、濡れた服や髪を拭くこともできず、雨が弱まるのを待つしかなかった。時計を確認すれば、もう7時を過ぎていた。
気温も下がってきたのか、さすがに寒くなってきた。くしゃみが出て、室生先生が気遣わしげにこっちを見た。

「嫌じゃなければ近付いてもいいか?少しは温かくなるだろ」
「あ、は、はい」

少し恥ずかしい気もするが、断るのも失礼だ。肩と肩が触れる。温かくなるというより、顔が熱くなる。さっきまで大きく聞こえていた雨の音も遠くなったようだ。

「む、室生先生は生まれ変わったら何になりたいですか?」

何か話題をと考えていたのに、口から飛び出したのはそんな質問だった。話のネタとして使われることはあっても、よく考えれば何の意味もなさそうな質問。

「生まれ変わったら、か。今もある意味生まれ変わったような気もするが、人間以外ならやっぱり猫だな」

なんだか予想通りの答えに笑ってしまう。室生先生は猫が好きだし、猫にも好かれる。庭でたくさんの猫と戯れているのを見るのも珍しくない。
飼い猫というよりは気ままな野良猫だろうか。でも、人にも懐いて餌をもらっているような。

「似合いますね、猫」
「そういう君はどうなんだ?」
「私ですか?そうですね……」

雨はまだ降り続けている。

「水なんていいかもしれませんね。川とか海とかもいいし、雲になって、雨になって……なんだか楽しそうじゃないですか?」
「なるほど、面白いな」

まあ、水に意識というか感情というか、そういうものがあればの話だけど。もし、それがあって、今降っている雨粒達が私達のことを見ていたら、かなり楽しい。
いつの間にか肩と肩はくっついて、寄り添うような体勢になっていたけど、もうそれほど恥ずかしくはなかった。むしろ居心地がいいかもしれない。多分、室生先生は人と距離を詰めるのが上手いのだ。人に限らず猫とか動物全般かもしれない。
不意に室生先生が立ち上がった。離れてしまったことを名残惜しく感じて、そんなことを思ってしまった自分に1人で赤面する。

「お、このくらいなら大丈夫そうだな」

東屋から一度出た室生先生は空を見上げて頷いた。ここに逃げ込んだ時と比べれば、かなりマシになったようだ。

「今のうちに帰るぞ」
「はい」

傘をさして、2人並んで歩き出す。随分雨宿りしていたから、早く帰らなきゃいけないのだけど、私は思わず足を止めた。それに気付いた室生先生も振り返る。
木の下で猫が丸まっていた。猫も雨宿りをしているのかもしれない。どちらともなく顔を見合わせて、笑ってしまった。
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