先生方が出入りするのは司書室だけで、その隣にある私の部屋には誰も入れたことがなかった。鍵をかけていなかった私も悪いけど、ノックせずに入ってくる太宰先生も太宰先生だ。
「……えーっと」
さっきまで驚いたように私の本棚を見つめていた太宰先生は決まり悪そうに視線をさまよわせた。いつも「実は俺のファンなんでしょ」と言ってくるんだから、「やっぱり俺のファンだったんだ」とでも言って笑ってくれればいいのに。
「ファンですよ。悪いですか!?」
司書という立場上、誰か特定の先生を贔屓するようなことはあってはならないと思った。でも、太宰先生が転生した時は本当に本当にびっくりして、声が震えた。
好きなのだ。彼が書いたものがどうしようもなく好きなのだ。本棚にずらりと並んだ「太宰治」の名前。何度も読んだせいでぼろぼろになってしまった本もある。
司書室の本棚には図書館にいる先生方の本がバランスよく並んでいる。それが司書のあり方だと思った。もちろん全部読んだし、好きな作品もたくさんある。でも、やっぱり太宰先生は特別だ。
「いや、悪くないけど……俺のファンになるのは当然だし……」
言葉にいつもの勢いがない。嫌だったのだろうか。ファンなんでしょと言いつつも、実際ファンだと告げたら困るのだろうか。
「嫌なら見なかったことにしてください。そもそも太宰先生がノックもしないで入ってくるから……」
伝えるつもりなんてなかった。公平な司書でいるつもりだった。太宰先生が喪失状態で死にたいと口にした時も、冷静に対応した。私はあなたの作品に救われましたという言葉は飲み込んだ。
「司書さんが、俺のファン……」
ぽつりと呟いた太宰先生の顔は赤かった。そこで初めて、嫌がっていたわけではなかったのだと気付く。むしろ喜んでいる……というか、照れている?
「照れてます?」
「急にファンだって言うからだろ!」
「太宰先生だって、芥川先生に言ってたじゃないですか」
太宰先生はふいと顔を背けた。
「俺のファンなら新作読みたいよな?司書さんになら読ませてやるよ」
照れたようにぶっきらぼうに告げられた言葉に思わず笑ってしまう。太宰治の新作が読めるなんて、たくさんいるであろう私より熱心なファンに知られたら恨まれそうだ。
でも、恨まれたっていいやと思えるくらいに嬉しい。
「ありがとうございます、太宰先生」
これからも公平な司書でいるつもりだ。太宰先生を贔屓するつもりなんてない。でも、1人のファンとして、あなたの作品に救われましたっていつかは伝えたいと思う。それくらいは許されるよね。
まだ赤いままの太宰先生を見ながら、そう思った。
170710