高村の夏。来年の夏も一緒にいようと笑う君が、なんとなく切なげで、独りよがりに抱き寄せた。
(診断メーカー「君と過ごす夏」)
「高村さん、暑くないんですか?」
汗はかいていないし、涼しい顔をしているが、高村の髪は首にかかっている。この暑さの中で首に髪が触れているなんて耐えられないと名前は思う。その証拠に彼女自身は長い髪を高い位置でまとめていた。
「我慢できないほどではないかな」
「ええーっ」
不満そうな様子に高村は吹き出した。会ったばかりの時は、きっちり仕事をする人という印象が強かったが、親しくなってからは子供っぽい仕草も見るようになった。
「先生」じゃなくていいと言っても頑なに「高村先生」と呼んでいたのに、いつの間に呼び方が変わったのか、高村は思い出せなかった。そのくらい自然に変わっていったのかもしれない。
「暑いならかき氷かアイスでも食べに行こうか」
「どっちも今日の献立じゃないですよ」
「だから、外にだよ。仕事が立て込んでないなら、少しくらい出てもかまわないよね?」
彼女が休憩も取れないほど仕事を溜め込んでいるところなんて見たことがなかった。
「そうですね、行きましょうか」
モデルになってほしいと頼んで、初めてアトリエで彼女と向き合ったのはいつだっただろう。あの時、既に好意を抱いていただろうか。好意を抱かれていただろうか。やはり思い出すことはできなかった。
言葉にしたことさえほとんどないのだ。いつの間にかお互いの好意に気付いて、そういう関係になって、周囲にも知られていた。きっかけと呼べるものなんてなかった。
「このままでいいんでしょうか」
高村は手を止めた。それまで観察するために細部を見ていたが、彼女の顔に目を移す。
「このまま、っていうのは?」
「これからどうなるかわからないんです。私も聞かされていません。本が侵蝕される問題が解決したら、高村さんたちはどうなるのか……」
瞳は不安げに揺れていた。普段は冷静で、あまり動揺を見せない名前には珍しいことだった。高村は何も答えず、デッサンを再開した。言葉が見つからなかった。
「美味しいですね」
喫茶店の中は涼しく、頼んだアイスは美味しかった。舌の上でふわりと溶けて、すっきりした甘さが広がる。名前は嬉しそうにアイスを口に運んでいた。
「高村さん、溶けちゃいますよ」
「ああ……ごめんごめん、美味しいね」
彼女が先のことに不安があると口にしたのは一度きりだ。でも、高村はずっと気にしていた。それほどあの時の表情は印象的だった。
喫茶店を出ると涼しい場所にいたからか、暑さが尚更強く感じられた。せっかく涼しくなったのに、これでは何の意味もない。
「高村さん」
呼ばれてそちらを見れば、名前はあの時とよく似た顔をしていた。笑っているのに不安そうで、切なそうで……。
「来年の夏もアイス食べに来ましょう。一緒にいましょうね」
どうなるかなんて、名前にも高村にもわからなかった。侵蝕者との戦いはいつまで続くのか、終わったらどうなるのか。来年の夏、名前と高村はそれぞれどこで何をしているのか。
「高村さん?」
やはり言葉は見つからなくて、高村は無言で名前を抱き寄せた。微かにバニラの甘い香りがした。独りよがりだと、自己満足だとわかっている。
「不安にさせましたね。すみません」
名前が困ったようにそう言って、軽く高村の背中を叩く。違うんだと言って、高村は抱きしめる手に力を込めた。
170805