あなたの世界に惑わされる
昨日買い物に行ったら、店先で金魚すくいをやっていた。買い物した人は無料だよと言われて、懐かしくなって挑戦した。幼い頃は夏祭りのたびに挑戦していたような気がする。

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風鈴の音は涼しげでも、暑いものは暑い。縁側に座り、片手にうちわ、もう一方の手にはおにぎり。行儀が悪いと怒られそうである。
暑さのためか仕事ははかどらない。食堂で呑気に食べているわけにもいかず、おにぎりだけもらって司書室に引っ込んだ。
ふと目をやれば、深めのガラス皿の中を金魚が泳いでいる。金魚鉢か何かを買ってやらないとと考えつつ、おにぎりを頬張った。
夏の光に照らされて、水が光っていた。綺麗な赤が揺れる。2匹の金魚が泳ぐ様は優雅だ。
1匹が口を開けてこっちを見た気がした。丸い口を見ていると、それに促されるようにご飯粒をあげたくなった。2粒だけ落としてやると、口を開けていた方の金魚が一瞬で食べてしまった。


母さん、母さん、どこへ行た。
紅い金魚とあそびませう。

母さん、帰らぬ、さびしいな。
金魚を一匹突き殺す。


ふと頭に浮かんだ詩に背筋がぞくりとした。初めて読んだ時、怖くて仕方なかった。もっと小さい頃に読んでいたらトラウマになりかねないと思った。

「ちょっといいかい」

そんなことを考えていたタイミングだったから、変な声を上げてしまった。北原先生が怪訝そうにこちらを見ている。

「あ、はい、すみません。どうしました?」

慌てて取り繕うも、先生の表情は変わらない。なんとなく金魚を庇うように先生から見えないようにする。しかし、ちらりと見えたのか、先生は僕が殺すとでも?と不機嫌そうに呟いた。

「そういうわけじゃないですけど!ちょうどその詩が浮かんで、考えていた時だったので、びっくりして……」
「狂気だと思うかい?」
「え?」

北原先生はどこか遠くに目をやる。視線の先を追ってみても、何もなかった。

「子供とは残酷なものなのだよ。君だって虫の1匹や2匹殺したことがあるだろう?」
「でも、なんか……子供の残酷さとは違う怖さがあるといいますか……」

上手く言葉にできないけど、そうなのだ。ただ無邪気に遊びの延長のように殺めてしまうのとは違う。

「愛とは時に恐ろしくもあるのだよ。子供は狂おしいほどに母を愛し、求めるものだからね。金魚に八つ当たりしてしまうくらいには」
「……愛」

北原先生は微かに笑みを浮かべたかと思うと、そのまま背を向けて立ち去ってしまった。「愛とは時に恐ろしくもある」その言葉が頭にこびりついて消えなかった。
何か用があったはずなのに、追いかけて訊いた方がいいはずなのに、私は動くことができなかった。
会話の内容なんて理解できていないのだろう。金魚は相変わらず優雅に泳いでいた。赤がゆらゆら揺れていた。

170715
title byるるる
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