堀の夏。慣れぬ浴衣と下駄で楽しそうに歩く君が、眩しくて、君の耳を塞いで 好きと言った。
(診断メーカー「君と過ごす夏」)
からんからんと音が鳴る。隣を歩く名前の顔は楽しそうで、普段より少し幼く見えた。堀はそっと微笑む。
夏祭りがあるらしいですよと名前に教えたのは堀で、よければ一緒に行きませんかと誘ったのも堀だった。いつもいつも仕事に一生懸命で、いつ休んでいるんだろうと心配になる司書が少しでも息抜きできればと思ってのことだったが、正解だったらしい。
せっかくお祭りに行くなら、浴衣で行きたいですと言い出した名前は浴衣を着るのに手間取った。結局、申し訳なさそうに手伝ってもらえますかと請われ、堀が手を貸すことになった。
生前は和服を着ることが多く、転生してからもたまに着ている堀にとっては簡単なことでも、普段洋服しか着ていない司書には難易度が高かったらしい。
「足は大丈夫ですか?」
そう問うと、名前は足を止めた。
「え?」
「下駄も履き慣れていないのかと思って。痛くないですか?」
「あ、はい。慣れてませんけど、今のところは大丈夫そうです」
「痛くなったらすぐに言ってくださいね」
ありがとうございますと笑顔で頷いた名前を見て、堀は笑顔を返す。提灯の明かりに照らされた名前が眩しくて目を細める。
眩しいのは若さだろうかと年寄りのようなことを思ってしまった自分に堀は苦笑した。外見だけなら堀も十分若いが、やはり違うのだろう。この姿で転生した堀は多分何年経ってもこのままなのだと思う。若さはすぐに過ぎ去るからこそ貴重なのだ。失われるものは美しく見える。
「堀先生は何が食べたいですか?」
「僕は特に何も……」
「ええっ、せっかくお祭りに来たんですから、何か食べましょうよ」
仕事中ではないからか、名前は普段より砕けた口調だった。何となく距離が縮まっている気がして堀は嬉しかった。今だけ、夏祭りの雰囲気がそうさせているのだとしても。
定番だからと名前が買った焼きそばを並んで食べて、金魚すくいに挑戦して……夏祭りを満喫したところで、名前はそろそろ帰りましょうかと言った。もう少しいませんかと提案する勇気もなく、堀は頷いた。
「司書さん」
「はい?」
こちらを向いた名前に手を伸ばす。薄い桃色に透き通った綺麗な耳をふわりと塞いだ。耳が手のひらにくっついてくるような不思議な感じがした。驚きで目を丸くしている名前に口元が見えないように軽く俯いて、好きですと呟いた。
好きだなんて言ったら困らせることくらいわかっているし、困らせたいわけではなかった。名前は司書としてある程度の距離を置いて文豪たちに接しているし、これからもその姿勢を変える気はないのだと思う。
「堀先生?」
ゆっくりと手を引っ込める。
「悪戯です」
「突然どうしたんですか?江戸川先生の真似ですか?」
ただただ不思議そうにしている名前にそんなところですと笑って堀は歩き出す。伝えられない気持ちを飲み込んで、いつかは伝えられますようにと祈って。今はまだ一緒に夏祭りを楽しめただけで十分だから。
170805