乱歩の夏。ソーダ味のアイスキャンデーを嬉しそうに頬張る君が、なんとなく艶っぽくて、汗の伝う額に口づけた。
(診断メーカー「君と過ごす夏」)
「暑い……」
夏だから仕方ないとわかってはいるが、暑いものは暑い。鬱陶しい前髪をピンで留め、髪も結い上げてはいるが、額も首筋も汗でうっすらと湿っている。タオルを首にかけてみても、それほど変わらなかった。
この間買ってきて、食堂の冷凍庫に入れておいたアイスキャンディーを取ってきて頬張る。夏といえばソーダ味。涼しげな水色は夏を連想させる色だ。冷たさが心地いい。
「青色がお好きですか?」
不意に後ろから聞こえた声に振り向く。振り向かなくともわかっていたが、そこに立っていたのは江戸川乱歩であった。
「ソーダ味は好きですが、何でも青色にするのはどうかと思います」
よく食堂でご飯を青くされることを思い出して釘を刺しておく。乱歩はちょっとした悪戯だというが、あれは相当に不評である。
青色が好きだとでも答えて、言い訳に司書さんは青色が好きなので、などと言われては、他の文豪に文句を言われそうである。
「おや、それは残念です」
乱歩はそう言いながらも名前をじっと見つめてくる。さすがに居心地が悪い。
「江戸川先生も食べます?まだ食堂の冷凍庫にいくつかありますけど」
「いいえ」
何度も悪戯されてきた名前としては、警戒するのも無理はないことで、何か企んでいるのではと思いつつ、アイスキャンディーの表面を伝って垂れる水滴を舐めた。それとほぼ同時に軽い音と額に何かが触れる感覚があった。
「え……」
キス、口づけ、接吻……そんな言葉が頭の中を飛び交った。今までの悪戯とは違う。一瞬だったはずなのに、額に触れた柔らかい感触はやけに鮮明に蘇る。
「なっ……」
「失礼、やけに艶っぽく見えたもので」
「り、理由になってません!」
突然のことに驚きはしたものの、嫌ではなかった。嫌ではなかったことにさらに混乱してしまう。額には確実に汗をかいていたはずなのに、そこに……と違うことまで気になり始める。
「あっ」
「おや……」
涼しげな水色が床に落ちた。しかし、アイスキャンディーが勿体無いなどと考える余裕は今の名前にはなかった。水滴だけが残されたアイスの棒を放り出し、一目散に部屋を飛び出す。
「江戸川先生の馬鹿!!」
文豪には敬意を持って接すること。司書になってから守ってきたつもりではあるが、この時ばかりはそれも吹き飛んだ。
残された乱歩は落ちたアイスキャンディーと棒を片付けながら、怒った様子もなく至極楽しそうな笑みを浮かべていた。
「さあ、夏は始まったばかりですよ」
誰かに語りかけるようにそう口にする。「ひと夏の恋」などという言葉もあるが、始まってすらいないかもしれないこの恋がどうなるのか、まだ誰も知らない。
170809